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コラム

2015/08/01
何度も読み返した小説やマンガ、学生時代に読み込んだ教科書、人生を変えた一冊など、東海大学の先生方が大切にしている本を紹介します。

『答えは必ずある』

事実を見据える覚悟
工学部機械工学科 
神崎昌郎 教授


派手ではないが、強い信念を持って開発に取り組み、エンジンの「理想像」とそこに到達するための「ロードマップ」を示し、メンバーを奮い立たせたある技術者の生きざまをつづった本である。

著者は地方都市を支える自動車メーカーで働く。その会社は十分「大企業」といえる規模を有しているが、競争の激しい自動車業界では中堅どころである。必然的に人的・経済的リソースに限りがある。大手と同じことをしていたのでは競争に勝てるわけもなく、同じようにすること自体が不可能なのだ。

こうした厳然たる事実にしかと目を向けられるかどうかが、その人の強さを示すのかもしれない。著者はその強さを有し、「自分たちらしく」生きる(クルマをつくる)ことを愚直に考えられる人である。

会社の立ち位置を考え、自分たちらしいクルマづくりとは何かを考え抜いて、ハイブリッド車全盛の時代に腹をくくってエンジンの高性能化に取り組んだ著者の覚悟は爽快ですらある。しかしそれは、単なる覚悟ではなく、しっかりと構築された技術的シナリオに基づいているのだ。著者の言葉を借りれば、技術開発における「ヘッドピン」を見定めているということである。

テレビ番組やCMでも取り上げられる著者と小生は話をしたことはない。それでも朴訥な人柄は画面から十分感じ取れる。そして、その感は文章にも表れている。一方で、折に触れて見せる「反骨心」は読み手をワクワクさせてくれる。

広島の地で「答えは必ずある」という揺らぐことのない信念を持ち続ける生きざまは、その謙虚な人柄とは異なりまぶしい限りである。そして、自ら描いたロードマップの中において「頂上は遥か遠くにある」と熱く、そして冷静に現実を見つめ、挑戦し続ける著者の「技術者魂」は、小生に憧れのような気持ちを抱かせてくれる。

多少技術的内容を含んでいるが、エンジンのことが「ちんぷんかんぷん」の人でも、著者の発想法に心を留めていれば堪能できる要素を十分含んでいる。もちろん、技術的知識を有していれば楽しみ方は広がるだろうし、これからエンジンを学ぶ学生にとっては入門書的側面も有していることを書き添えておく。

『答えは必ずある 逆境をはね返したマツダの発想力』
人見光夫 著
ダイヤモンド社

 
こうざき・まさお
1960年島根県生まれ。広島県で育つ。名古屋大学大学院工学研究科博士課程後期課程修了。豊田中央研究所を経て、2003年より現職。専門は材料表面工学、機械加工。

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