Column:本棚の一冊
2015年10月1日号
『マインド・コントロールの恐怖』

カルトにとらわれないために
医学部医学科内科学系
白杉由香理准教授


一度は大学を卒業して会社員になったものの、今後の人生を医師として歩んでいきたいと希望して東海大学医学部に編入したのは、1990年4月のこと。折しも人々が間近に迫るバブル崩壊を予感しつつも、まだその余韻に浸っていた時代であった。不安定な世相を反映し、「カルト」や「宗教」にまつわる事件が多く報道された。街頭で派手な宣伝活動を繰り広げ、95年に地下鉄サリン事件という戦後日本最大の悲惨なテロ事件を引き起こすことになったオウム真理教などである。

一連の報道を見聞きし、カルト活動にのめり込み、教室から姿を消してしまった医学部の同級生や街頭で熱心に勧誘してくる人たちの顔を思い浮かべ、人はなぜカルトにはまってしまうのだろうと疑問を常に抱いていた。

そんな際に出会ったのが、この一冊。カルトから脱会したアメリカ人著者が、勧誘方法、カルトでの生活、そしてマインド・コントロールを解く方法について、自らの経験に基づいてつづった著である。

カルトは私たちを警戒させないように優しくさりげなく近づき、一見気軽で楽しそうな集まりに誘ってくる。そこに集う人たちは魅力的でうらやましいほど仲がいい。「友達」になり誘いを断りにくくなったところで、今度はより大きな集会に勧誘される。そこでは高度なマインド・コントロールシステムが悪用され、まるで自分が自発的に勉強し、よいことをしていると錯覚させる形をとって、徹底したカルト教義が教育される。カルトにとらわれてしまう人たちは、決して弱い人間などではなく私たちと同じ全く普通の人なのだ。それほどカルト手法とは巧妙であり、その集団の教えを信じることだけが、幸せにつながるという考えのみを信じ込ませてしまう。当然、そこには個人の自由な意思や権利などはない。やめるにやめられない精神状態に追い込むのも、カルトの一つの特徴だ。

21世紀に入り、世界中のカルト問題がむしろ複雑化する現在、93年の初版からすでに22年が経つ本書の内容が少しも古くなっていないのは驚きである。大切な学生時代をカルトにだけは決して奪い取られないように、対岸の火事などと思わずに一度、この書を手に取ってもらいたい。


『マインド・コントロールの恐怖』
スティーヴン・ハッサン(著)浅見定雄(訳)
恒友出版
 

しらすぎ・ゆかり
東京都出身。1985年青山学院大学文学部教育学科心理学専修コース卒業。東海大学医学部2年に編入学し、95 年卒業。医学博士。専門は血液腫瘍内科学。外来化学療法室長兼任。