Column:本棚の一冊
2016年1月1日号
『エンデュアランス号漂流』

人生は探検そのもの
生物学部生物学科
河合久仁子准教授


私は中学・高校の6年間、往復4時間の道のりを電車通学していた。今のようにスマホはなく、ただひたすら本を読んでいた。多いときで週に3〜5冊は読んでいたように思う。とにかくさまざまなジャンルの本を読みあさっていた。時が経って読む本の量は減っても、いつも手元に本はある。人生や進路に迷ったとき、本の中に答えを探してきた。

そんな私が歳をとるに従って凝り出したのは、探検もの。特に、実際にあった出来事を題材にした小説や、探検者の日記をまとめた本にはとてもひかれる。たとえば、井上靖の『おろしや国酔夢譚』、司馬遼太郎の『菜の花の沖』。河口慧海の『チベット旅行記』、ウラジミール・アルセーニエフの『デルスー・ウザーラ』、植村直己の『北極点グリーンランド単独行』などが印象的だ。

ここで特に取り上げたいのは、アルフレッド・ランシング著、山本光伸訳の『エンデュアランス号漂流』。

物語は、1914年に英国人探検家アーネスト・シャクルトン卿率いる「エンデュアランス号」のメンバー28人が、南極大陸横断の探検中に遭難するところから始まる。流氷地帯で木造の船は動けなくなり、やがて氷の圧力によって押しつぶされてあっけなく崩壊し、沈んでいく。雪原に取り残された人々は絶望的な状況にもかかわらず、シャクルトン卿のリーダーシップと冷静な判断、チームワークで、何度も危機を乗り越え、1人も離脱することなく1年半後に生還する。その始まりから終わりまでを、乗組員の日記や資料に基づいて記した本だ。

困難に追い込まれたとき、どのように切り返すことができるのか? これにはその人の培ってきた人間力がものをいうと、私は思う。自分が培ってきたものが困難を乗りきるための原動力となるわけだ。幾度となく見舞われた人生のピンチの中で、私はなぜだかいつもシャクルトン卿を思い出していた。

この本は、スポーツに取り組んでいる人には「リーダーシップ」の真の姿を、自然科学系に興味がある人には「自然と対峙する覚悟とその厳しさ」を教えてくれるだろう。そしてあらゆる人に「ピンチを乗りきるための人間力」と「人の生きざま」のヒントをくれるだろう。そこら辺にあふれている自己啓発書よりよっぽど参考になる。だって人生は、未知の世界を探検することそのものだから。

『エンデュアランス号漂流』
アルフレッド・ランシング(著) 山本光伸(訳)
新潮社

 
かわい・くにこ 埼玉県生まれ。帯広畜産大学大学院畜産環境学研究科畜産科学専攻修了、東京工業大学大学院生命理工学研究科バイオサイエンス専攻で学位取得。専門はコウモリ類の動物地理。著書に『コウモリのふしぎ』(技術評論社)など。