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コラム

2016/02/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

フォルツハイムと偶然性

文学部ヨーロッパ文明学科 柳原伸洋 講師

フォルツハイム、あるいはプフォルツハイムとも呼ばれるこの都市を訪れる日本人は少ないだろう。もともとは装飾品や時計産業で栄えた都市で、ドイツ西南部、黒い森の北辺に位置する。同市は、第二次世界大戦中の空襲によって大規模な被害を経験した。しかし、「空襲」と組み合わせてフォルツハイム市の名前を思い起こす人は、ドイツ国内でもそれほど多くはない。

1945年2月23日の「大空襲」などのイギリス軍の空爆は、都市部の80%以上を破壊した。もちろん、この空爆が、時計などの精密機械製造と軍需産業とが結びついていた要所の破壊を目的としていたことは、見過ごしてはならないだろう。

ドイツの空襲といえばドレスデンが語られることが多い。ドレスデン空襲犠牲者は約2万5000人、フォルツハイム空襲では、約1万8000人である。当時の都市人口が約8万人だとされているので、その死亡率の高さに驚かされる。

死者数などを空襲の「悲惨さ」の指標にすること自体には問題があるが、それでもフォルツハイム空襲の語りはあまりにも少なすぎる。これは日本の場合、東京大空襲と比べて、1945年8月の富山大空襲の語りの少なさとも比較可能だろう。

毎年2月23日、フォルツハイムでは慰霊祭が開催されている。2014年、研究調査のためにフォルツハイムに降り立ったとき、「普通の」ドイツの中規模都市だと思った。しかし、調査を進めるに従い、「観光地」として有名ではない同都市の戦災復興の関係との興味深さに惹かれていった。

話題は変わるが、最後に卒業生へ。実は、私がフォルツハイムを最初に訪れたのは、最近ではなく、16年前、バックパッカーとしてドイツを初めて旅したときだ。「観光地」ではない同市で、私はたまたま鉄道を降りた。なんという偶然だろう。

偶然性への驚きは、新たな驚きを生むための原動力になる。感性や感情抜きに、私たちは生きられない。今年の卒業生にも多くの「驚き」をもらった。それらが、私の研究の原動力となった。

ありがとう。

(筆者は毎号交代します)

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