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2016年4月1日号
松前紀男元学長に最後のお別れ
約720人が故人をしのぶ

今年1月1日に84歳で逝去した東海大学の松前男元学長のお別れの会が3月6日、東京・霞が関の東海大学校友会館で開かれた。約720人が参列し、黙祷と献花を捧げ、故人をしのんだ。

松前元学長は、学園の創立者・松前重義博士の次男として1931年に生誕。東京藝術大学音楽学部楽理科を卒業後、ニッポン放送勤務を経て63年に東海大学文学部助教授となり、付属本田記念幼稚園の初代園長や教養学部長などを歴任。北海道東海大学学長や東海大学学長、学校法人東海大学副理事長などを務めた。また、作曲家として学園の各教育機関の校歌を作曲したほか、音楽史や放送史の研究にも従事。フランス政府から芸術・文化勲章「オフィシエ」が、日本政府から「瑞宝重光章」が授与されている。

会場では松前元学長の遺志を受け、開式前にはバッハの『身を清めよ、おお愛する魂よ』が、開式にあたってはルイ・シャルマンのオルガン曲集から『テノールをティエルスで』が流されるなど厳粛な雰囲気に。

学園を代表してお別れの言葉を述べた睫酘麩塞総長は、故人との会話や訃報に接した悲しみや無念さを振り返るとともに、その生涯や数々の学術的功績を紹介し、「学長時代には学生や教職員と交流し、先頭になって大きな教育改革に取り組まれ、東海大学は他大学の先駆けとして社会に注目され、高い評価を得る大学となりました。先生の理想、高い見識を遺訓として、これからの時代を切り開いていかなくてはなりません」と決意を語った。

また、遺族代表として松前元学長の長男である医学部の松前光紀教授が謝辞を述べた。

 
(写真上)睫酩総長はお別れの言葉で、故人との思い出を語った
(写真下)在りし日の写真も紹介された