Column:Interview
2016年5月1日号
「望星丸」を支えた2人が引退
2月23日から3月27日の第47回海外研修航海を最後に、望星丸の運航を支えてきた荒木直行船長と岩本福年甲板長が定年を迎えた。大学での船旅を終えた2人の思いを聞いた。


バラ色の世界へ 
荒木直行 前船長

私が生まれ育ったのは、滋賀県の伊吹村(現・米原市)で、海とは全く無縁の場所でした。高校卒業後は教員になろうと海洋学部に進学。そこで、友人の「海のかなたには、バラ色の世界が待っているぞ」という言葉に誘われて、船乗りを目指すことにしました。

しかし船の世界は厳しく、国家試験のために勉強の毎日。友人に言われたひとことを思い出しては、「だまされたな」とも感じましたね(笑)。

卒業後は東海大学の船舶職員となり、1991年からは船長に。2005年度の途中から船舶運航課課長を務め、14年度から再び船長となり、今日までに多くの国々を巡りました。印象的だったのは建学の精神の源流となったデンマークを訪れたときのことです。創立者・松前重義博士も見た同国の風景や教育現場を自分の目で見られたことは、いい思い出です。

最後の航海を終え、先輩方から引き継いだ安全航海を受け継ぎ、無事故で終われたことを誇らしく思います。頼れる船員や元気で魅力にあふれた学生たちとバラ色の世界を回れた、夢のような船乗り人生でした。



望星丸は我が家
岩本福年 前甲板長

東海大学の船に初めて乗ったのは、1971年の第4回海外研修航海。これほど大きな船に乗ったことがなかった私は、“西も東もわからない”まま、目的地のハワイへと航海に出ました。当時は佐藤孫七船長の聞き取れない東北弁に困惑しながら、必死にロープの結び方など船員の基礎を身につけていきました。それから44年間東海大学の船に乗り続けてきましたが、この仕事の魅力は多くの学生と出会えることです。接していると私自身も若返った気がして、常に元気をもらっていました。

彼らを指導する中で、決まって最初に伝えるのは、「掃除を徹底的にやること」。人の嫌がることに率先して臨む姿勢こそが、船員として、社会人として最も大切だと思うからです。 慣れ親しんだ“我が家”を下りることに寂しさも感じます。佐藤船長をはじめ4人の船長、数えきれない乗組員や学生に心から感謝しています。

これからは少し休んで、今度は小さい船で海に出たいと思っています。もう陸は落ち着かないですし、大好きな潮の匂いからは離れられませんね。