Column:本棚の一冊
2016年6月1日号
『宗教と科学的真理』


科学を志す者にとっての宗教
理学部化学科 冨田恒之 准教授 



理学部や工学部など、いわゆる理系の学部学科に進学した人たちには、科学と宗教はある意味で対極な存在だという認識がないだろうか。私も大学院生のころまではそのような考え方をしていた。ここで紹介する本の著者は、科学の分野で偉大な貢献をした世界的に有名な研究者であり、同時に敬虔なクリスチャンでもある。私は東海大学に着任した1年目、これから科学の研究を本格的に始めるにあたり、同じ化学の分野で大先生ともいわれるこの人の書いた宗教に関する本を見つけ、読んでみた。

まず感じたことは、宗教と科学の時間的な長さの違いである。現在いろいろな宗教があるが、これはそれぞれの地域において自然に発生したものだったのだろう。大切な人が亡くなったとき、その人は天国に行ったり生まれ変わって別の人生を歩んだりするのだと、たとえ根拠がなくともそう思うことで少しは気持ちが救われる。人は科学という学問ができるよりもずっと前から、このような経験を繰り返し続けてきた。神という見たことも会ったこともない存在を、こんなにも世界中の多くの人が信じたり認めたりすることは、ごく自然な流れだったのだろう。

そのような中で、神とはいったい何なのか? この世界はどんなものなのか? そんな興味を持ち、宗教家たちが後の科学につながることを始めた。つまり科学にとって宗教は大先輩にあたるものであり、科学のルーツは宗教でもあった。

私自身は科学者の一人であり、無宗教だが、もし家族が病気や事故で死んでしまうかもしれないという事態になったとき、「神様どうか助けてください。お願いします」と神頼みをするかもしれない。私を含め多くの人が、程度の違いはあれど科学的な真理からは妥当とはいえない考えや行動をするのも事実である。

科学を志す者にとって宗教とはいったいどんなものなのか、そしてそこから生まれた科学とはどんなものなのか。本書を読んでいただければ、人間という感情に基づいて行動する生き物にとって、科学的真理からは正しくないものでも、大切なものや必要なものがあるということをご理解いただけると思う。

『宗教と科学的真理』
垣花秀武著
岩波書店

 
とみた・こうじ
1977年東京都生まれ。東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。2006年4月に理学部化学科に着任し、16年4月より現職。専門は光機能性無機材料の合成