Column:知の架け橋
2016年7月1日号
「幸福を考える」
観光学部観光学科 小澤考人 准教授

観光はいかに幸福と結びつくか
”魅力的な空間”構想・演出を考える


観光はどのように人々の幸福に結びつくのでしょうか。それは観光・ツーリズムがなぜ重要なのかという問いと同様、さまざまな見方が可能です。個人的に興味深いと思うのは、近年、魅力的な社会のあり方と関連づけられるようになった点です。 

この点は、かつて「旅行者の視点」から語られることが一般的でした。観光とは「楽しみを目的とする旅行」であり、旅行者はバカンスやリゾートのような非日常空間で癒やしや気晴らし、新しい世界や自己との出会いを経験し、それが一種の幸福感とも結びつくからです。それが地域住民の利害、観光地の自然環境等といかに両立し、調整し得るかという点が、観光学の一つの焦点でした。 

近年、この主題は「旅行者の視点」だけでなく「受け入れる社会(空間)」との関係で語られています。地域・都市・国家の各レベルで、訪れるビジターやツーリストの存在を前提に”魅力的な空間”の構想・演出がなされています。 

たとえば21世紀のグローバル環境下で日本でも観光立国への取り組みとともに、「住んでよし、訪れてよし」の地域づくりが国家戦略とされる中、各地で行われる地域資源の掘り起こしはその一環といえます。また都市空間の動向でも、ショッピングモールやスタジアムを核としたスマートベニュー、創造性とイノベーションを軸とするクリエイティブシティなど、「集客」の要素が駆動原理として世界的に注目されています。 

その背景にはもちろん経済効果への期待があります。訪れる人々がもたらすお金が地域や都市を還流し、持続可能な仕組みを可能にするからです。しかし表面的な経済効果だけでなく、目線を変えるとちょっとユニークな次元も見えてきます。今、地域・都市・国家の各レベルで進められる”魅力的な空間”づくりとは、訪れる人々を魅了し、呼び込む真剣なゲームが世界各地で行われるということです。

すると、本質的な一面も見えてきます。私たちはお店と同様、魅力的な場所でなければ訪れません。テロや紛争地、犯罪・事故の頻発地帯に魅力を感じません。私たちが訪れたいと思う場所とは、何らかの魅力を持った空間です。単純化は禁物ですが、この点を踏まえると、旅行者行動や観光地活性化、観光客増加の問題にとどまらず、「観光(集客)」は魅力的な社会のあり方に向けた社会構想のキー概念の一つにもなるわけです。

20世紀は戦争と革命の世紀でした。21世紀のグローバルな世界では、敵対的関係に伴う孤立や閉鎖的なコミュニティーよりも、多様でダイバーシティーに富む世界、創造性に満ちた空間のほうが、人々の生きる世界に豊かさと活力をもたらすと指摘されます。 

支配と憎悪のゲームから、魅惑と交歓を介した相互触発のゲームへ。そのときツーリズムの理論と実践は、魅力的な社会の構想にどう寄与できるのか。この主題は冒頭の問いとともに、個人的にはオリンピック・レガシーの課題とも結びつく、興味深くも重要なテーマであると実感しています。

 

おざわ・たかと
1975年東京都生まれ。東京大学大学院総合文化研究科・国際社会科学修了。専門は文化社会学・観光社会学。編著に『オリンピックが生み出す愛国心』、共著に『レジャー・スタディーズ』など。

(写真)ロンドンオリンピック開催跡地「オリンピコポリス」。五輪の遺産(レガシー)活用は観光における課題の一つ