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2016年9月1日号
【リオ五輪】東海大勢3人同時金
東海大勢がメダルラッシュだ! 8月5日から21日まで開かれたリオデジャネイロ五輪で、東海大学の学生・卒業生が金メダル3個、銅メダル2個を獲得。同一大会で3人が金メダルに輝く、東海大史上初の快挙となった。(写真提供=フォート・キシモト)

周りに支えられてつかんだ夢
柔道男子90キロ級 ベイカー茉秋選手

五輪初出場にして金メダル、そして柔道男子90キロ級で日本人初の金メダルに輝いたベイカー茉秋選手(体育学部4年)。「夢がかなってうれしい。支えてくれた人たちに感謝です」

今年6月、男子柔道部が王座を奪還した全日本学生優勝大会にベイカー選手の姿はなかった。1カ月前にけがを負い、無理をすると五輪に影響が出てしまう可能性があると上水研一朗監督(体育学部准教授)が判断した。ベイカー選手は「最後の全日本学生だから出たかった。でもみんなが優勝してくれた分、五輪で優勝して恩返ししたいと思った」。仲間からのエールに、さらに士気を高めた。

重圧に正面から向き合うことで、自身を追い込んで挑んだ五輪。初戦、ベイカー選手が畳に上がった瞬間を上水監督は「臆した様子がなく、優勝を確信した」と話す。

5戦中4戦を一本勝ちという圧倒的な試合内容で優勝を決めた。上水監督は、「特に2回戦では大内刈りから背負い落としで一本。大舞台の初戦、いちばん緊張する中で、今まで見たことのないコンビネーションを見せたので驚いた」と舌を巻いた。

井上康生全日本男子監督(体育学部准教授)も、「ベイカーは大きな大会になればなるほど力を発揮する、気持ちが強い選手。またフィジカル面で海外の選手に負けないのも今回の結果につながった」と評価した。

五輪優勝という夢をかなえたベイカー選手には、大会後、新たな夢が生まれていた。「井上先生のシドニー五輪での優勝で僕が五輪に憧れたように、子どもたちに夢を与えられるようになりたい。そのためにも東京五輪で連覇を狙いたいです」 (取材=本川由依)

▼2回戦=オーデンタール(ドイツ)一本「背負い落とし」▼3回戦=クコリ(セルビア)一本「合わせ技」▼4回戦=イディア(フランス)一本「合わせ技」▼準決勝=程訓(中国)一本「けさ固め」▼決勝=リパルテリアニ(ジョージア)優勢
 
リベンジマッチで笑顔咲かす
柔道女子70キロ級 田知本 遥選手

柔道女子70キロ級で優勝した田知本遥選手(体育学部卒・ALSOK)にとって、4年前のロンドン五輪の経験が金メダル獲得の大きな原動力になった。

ロンドンではけがに加え、五輪独特のプレッシャーから力が発揮できず7位。「何もわからないまま終わってしまった。メダルを持って帰れなかったことが何より悔しかった」

敗戦から立ち直れず、その後も国内外の大会に出場するが、上位に進出できない期間が続いた。「気持ちが上がりきらなくて、悪いイメージばかり頭に浮かんでいた」というが、「周りの人が相談に乗ってくれたり、支えてくれたりして、だんだんと前向きになれた」と振り返る。

「失うものはもう何もない。自分との戦いなんだ」と覚悟を決めた田知本選手は強かった。息を吹き返したように国内外で結果を残し、代表の座を射止めた。そのとき「やっとスタートライン。これからが勝負」と自分に言い聞かせるように話していた。

リオ五輪では4年前とは全く違う、堂々とした田知本選手が畳に上がっていた。決勝戦、技ありからの抑え込み。「絶対に放さない」と勝利を決めた。田知本選手を長年指導してきた柔道部の白瀬英春部長(体育学部教授)は、「いちばんの持ち味である大外刈りを中心に、持てる力をすべて発揮してくれた。完璧な内容だった」と評価する。

畳から下りると、「この日のために苦しい思いをしてきた。優勝できて幸せです」と笑顔を咲かせた。(取材=本川由依)

▼1回戦=周超(中国)一本「合わせ技」▼2回戦=ポリング(オランダ)優勢「GS有効」▼3回戦=ズパンチッチ(カナダ)優勢「GS技あり」▼準決勝=ファルガスコッホ(ドイツ)優勢「技あり」▼決勝=アルベアル(コロンビア)一本「合わせ技」
 
苦労を乗り越え初V
競泳女子200メートル平泳ぎ 金藤 理絵選手

金メダルをかけられ、満面の笑顔で歓声に応えた―競泳女子200メートル平泳ぎで金藤理絵選手(大学院体育学研究科修了・Jaked)が、7位に終わった北京五輪から8年、リオの舞台で初の金メダルを獲得した。

3人兄妹の末っ子で、「小さいころから兄たちが通っていた水泳教室について行って、隣のコースで遊んでいた」と振り返る。小学3年生で本格的に通い始め、すぐに選手コースで練習を開始。「最初から平泳ぎがいちばん泳ぎやすかった。今でも平泳ぎ以外はあまりうまくありません」と笑う。

高校3年時に全国高校総合体育大会で優勝し、加藤健志コーチ(体育学部非常勤講師)に声をかけられた。「“プールサイドで強くなろう”という考え方に引かれました。田村菜々香さん(体育学部卒)ら平泳ぎの強い選手が在籍しているのも大きかった」

2年時の日本選手権で2位になり、北京五輪に出場。翌2009年には日本記録を連発したが、10年の春にヘルニアを患うと、その後は結果が残せず、何度もやめようと思ったという。

しかし、15年の世界選手権で6位に沈み、「応援してくれる人が見る最後のレースにしたくない」と奮起。今年4月の日本選手権では日本新記録で優勝し、五輪代表を射止めた。

「支えてくれた方々が声援を送ってくれて、招集所に行く前に泣いてしまった。レース後、“北島康介さんの引退レースの次に盛り上がった”といろんな人に声をかけてもらいました。リオでも会場が盛り上がる泳ぎをしたいと思った」

リオ五輪では最後のターンをトップで折り返すとギアを入れ替え、2位に1秒67差をつける2分20秒30で優勝。積極的な泳ぎを見せた金藤選手に、会場の拍手は鳴りやまなかった。
 
五輪初出場の眛A手&羽賀選手が銅

柔道では、男子60キロ級の眛D昭選手(体育学部卒・パーク24=左写真)と100キロ級の羽賀龍之介選手(大学院体育学研究科修了・旭化成=下写真)も銅メダルを獲得した。ともに初の五輪で表彰台に上がり、今大会の柔道競技に出場した東海大勢4選手全員がメダルを手にした。

眛A手は準々決勝で一本負けしたが、3位決定戦ではオルカン・サファロフ選手(アゼルバイジャン)から2度の指導を誘って優勢勝ちを収めた。
 

一方の羽賀選手も準々決勝で敗れたものの、アルチョム・ブロシェンコ選手(ウクライナ)との3位決定戦では大内刈りを決め、そのまま寝技に。三角締めにブロシェンコ選手が耐えきれず「まいった」の意思を示して一本勝ち。100キロ級でのメダル獲得は、2000年のシドニー五輪で金メダルに輝いた井上康生全日本男子監督(体育学部准教授)以来の好成績だった。

井上監督は両選手について、「一度は敗れたが、気持ちを立て直して戦い、頼もしく感じた。日ごろの練習の中で、さまざまな場面を想定していたからこその結果」とたたえた。

また、ラグビー男子7人制では豊島翔平選手(体育学部卒・東芝ブレイブルーパス)が全試合に出場。自慢の快足でチームを勢いづけ、4位入賞に貢献した。

陸上競技の三段跳びでは、長谷川大悟選手(情報理工学部卒・日立ICT)が16メートル17で29位に。藤春廣輝選手(付属仰星高卒・ガンバ大阪)が出場した男子サッカーは、予選リーグで1勝1敗1分けの成績で決勝トーナメント進出を逃した。