Column:知の架け橋
2017年3月1日号
幸福を考える
健康科学部社会福祉学科 妻鹿ふみ子教授

地域を幸せにする支え合いとは
―ほんの少しの知恵と汗を―


「ふつうのくらしのしあわせ=ふくし」を実現するための実践手法や大切にすべき価値を学生や地域の人々に教えるのが、社会福祉を専門とする教員・研究者としての私の仕事である。

地域の福祉は、専門の支援者の頑張りだけで実現するものではない。人々がほんの少しでもよいから地元のために知恵を出し、汗をかくことが、その地域を住みやすくし、人々を幸せにするのだ。

「人々」とは、その場所に先祖代々住む人だけを指すのではない。移住する人もいれば、転勤や通学を理由に限られた年数だけ住む人もいる。外国から来た人が隣に住む、ということもあるだろう。

少し前まで私は、「多様な人々が支え合うしくみをつくり、地域の皆さんがそこに参加できるといいですね」と、希望を語ってきた。しかし、最近それが非現実的なシナリオになってきたように思う。つまり、「ふつうのくらしのしあわせ」がそれほど簡単には手に入らなくなってきたと感じるようになったのだ。ここ2、3年の急激な変化である。学生を見ていてもそう思うし、地域活動の支え手が高齢化して減少しているのに後継者が見つからない、という実態からもそれを感じる。

学生は生活費や学費を稼ぐためのアルバイトに忙しい。地域の暮らしを支えるための活動に参加する人々が70歳以上であることも、経済的な理由によると考えられる。

地域リーダーの研修に行くと、ギリギリの人数でようやく支援が成立している状況が見えてくる。60歳代以下の人々は働かなければならないから研修には来ない。中間層の所得水準が下がり、就労により得られる生活の質が低下しているのである。長く働くことで、人々はそれをカバーしようとする。しかし、長時間労働は余裕のなさを生み、より困難な生活をしている人へのまなざしを厳しいものにして、支え合うことを難しくしているのだ。

このような状態をどう捉え、どのように対応すればよいのか。福祉のしくみを根本から考え直さなければ、「ふつうのくらしのしあわせ」は実現できなくなっている。

しかし、希望はある。地域福祉の見直しの議論が始まり、各地で優れた支え合いの取り組みが生まれているのだ。千葉県多古町にある高齢者施設に併設された「寺子屋」は、24時間、高校生に勉強スペースを提供し、地域住民が管理してさりげなく学習の場としての質を保っている。神奈川県藤沢市の認知症ケア施設「あおいけあ」には、民家を改造した施設の入り口に駄菓子屋があって、多くの小学生が放課後を過ごす。リビングには、ヒップホップ・ダンスを踊りまくる子どもたちに拍手喝采を送る、認知症のおばあちゃんの姿がある。

こうした優れた実践を読み解き、多くの人に伝えること、そしてそこに、地域の暮らしのアウトサイダーになりがちな学生の役割を見いだしていくこと―及ばずながら、そんな活動にかかわり続けたいと考えている。
 
(写真)学生や地域住民を対象とした研修会で、ボランティアについて講演

めが・ふみこ 1958年大阪府生まれ。千葉大学大学院人文社会科学研究科公共研究専攻後期博士課程修了。博士(公共学)。地域福祉が依拠する価値・思想を公共哲学のアプローチから研究している。