Column:本棚の一冊
2017年4月1日号
『TOKYO STYLE』


インターネットがなかった時代
文学部広報メディア学科 加島 卓 准教授




「インターネットがなかった時代を想像できない」と学生からよく聞くのだが、「まぁそうだよね」としか言いようがない。そこで教員が自らの思い出を語るとろくなことにならないので、こういうときは視覚的な資料に限る。都築響一の『TOKYO STYLE』は、そういうときにもってこいの一冊である。

そもそも、「インターネットがなかった時代」をいつごろとするのかは悩ましい。縄文時代にも、江戸時代にも、そしてアジア太平洋戦争のときにもインターネットはなかった。『TOKYO STYLE』の場合は、1991年の東京(トーキョー)である。

同年は2016年に解散したアイドルグループ「SMAP」がデビューした年であり、毎週月曜日の夜9時から放送されていたテレビドラマの平均視聴率が20%をこえていた。また、スーパーファミコンが前年に発売され、ミニコンポやCDラジカセで好きな曲をカセットテープに録音していた時代でもある。5700本をこえるビデオテープが山積みになった殺人犯の部屋の写真が公開されてから、まだ2年しか経っていなかった。
 
『TOKYO STYLE』はそういう時代に一人暮らしをしていた人々の部屋の写真集である。ページをめくると、布団は敷いたままで、洗濯物は散らかり、台所には食器がたまった部屋の写真が続く。さらにめくると、ブラウン管型の大きなテレビに、アンテナを伸ばしたCDラジカセ、そして棚にぎっしり詰まった雑誌やレコードが登場する。

汚いといえば、汚い。カオスといえば、カオスに見える。きっとこの本はそういう部屋しか取り上げていないのだが、それゆえの魅力もある。いってみれば、何もかもが室内に陳列されている。そしてそのバリエーションが、一人ひとりの部屋をとても力強く見せている。

おそらく、こうした物質的な一覧性こそ「インターネットがなかった時代」の特徴であろう。何でもかんでもデータで入手できなかった時代は、とにかく何でも身の回りに置くのが楽しかったのである。

そういう時代の「当たり前」からすれば、電話からコードが消え、テレビが薄型になり、音楽や本をデータで楽しみ、ユニクロや100円ショップで日用品をそろえる私たちがいったいどのように見えるのだろうか。そんなことを考えさせられる一冊である。

『TOKYO STYLE』
都築響一著 ちくま文庫

 
かしま・たかし 1975年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。専門はメディア論、社会学、デザイン史、広告史。著書に、『〈広告制作者〉の歴史社会学』(せりか書房、2014年、日本社会学会奨励賞受賞)ほか。