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コラム

2017/06/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

「ジワジワーッ」

文学部広報メディア学科 加島卓 准教授

学生に「自分の中高生時代を『平成の歴史』として書く」という課題を出したことがある。自分自身の小さな経験の一つひとつが社会の大きな動きとどのような関係にあるのかを知ってもらうのが目的で、坪内祐三『一九七二:「はじまりのおわり」と「おわりのはじまり」』(文春文庫・2006年)を課題図書にした。

この課題のポイントは、社会が変化する速度を知ることである。私たちが暮らす社会は一気に変わるというよりも、少しずつ曖昧に進む。そのことを坪内は、『一九七二』で「ジワジワーッ」と表現している。ある状態から別の状態へと、いつの間にか変わってしまうというわけだ。

社会の変化を知るためには、この「ジワジワーッ」に敏感でなくてはならない。わかりやすい例を挙げれば、監視カメラの数である。アメリカ同時多発テロ(01年)以降、各国のセキュリティ対策は強化され、民間レベルでも監視カメラの導入は進んだ。駅や商業施設に始まり、マンション入り口や自宅のインターフォンに至るまで、監視カメラは「ジワジワーッ」と増え、いつの間にか私たちは記録されることに慣れてしまった。

インターネットショッピングなどもわかりやすい例だ。かつて、買い物は地域の商店街や郊外のショッピングモールへ行くことであり、そのためにわざわざ時間をつくる必要があった。ところがインターネットで購入できるものが「ジワジワーッ」と増え、いつの間にか私たちは欲しいものをすぐに注文できないといらいらするようになってしまった。

グローバル化も「ジワジワーッ」と進行している。日韓ワールドカップ(02年)あたりから公共交通機関で多言語表示が増えた。最近ではコンビニや飲食店で留学生がアルバイトをする姿も見かける。いつの間にか私たちは多様性をとても気にするようになった。

社会は一気にには変わらないが、「ジワジワーッ」と変わる。何かがだんだん増えながら、何かがだんだん減っていく。こうした「ジワジワーッ」に気づくことは、私たちがどういう社会を生きているのかを知るための第一歩である。

 
かしま・たかし 1975年東京都生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。専門はメディア論、社会学、デザイン史、広告史。著書に、『〈広告制作者〉の歴史社会学』(せりか書房、2014年、日本社会学会奨励賞受賞)ほか。

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