News:ひと
2011年3月1日号
選手に近いマネジャー 出会いと経験の4年間
硬式野球部マネジャー(主務)
黒澤 裕さん(政治経済学部4年)

グラウンドに併設された寮の屋上で洗濯物を干しながら、ふと練習に励む選手たちの姿が目にとまる。「俺は一体、ここで何をしているんだろう……」。野球にかかわっていたいと飛び込んだマネジャーの世界は、あまりにつらく苦しかった。

高校までは内野も外野もこなす選手だった。打っては主軸を担い、高校1年時には5打席連続得点の茨城県記録も打ち立てた。しかしけがもあり、大学入学と同時にマネジャーへと転身。当初は、「部の運営ができると思っていた」と言うが、実際の仕事といえば、掃除に洗濯に電話対応。先輩には怒られてばかりで、同期も辞めてしまった。

「今振り返れば、毎日同じことをいかに効率よく、忍耐強くこなすかを学ぶ時間だった。当時は逃げ出して辞めてしまおうかとばかり考えていましたけど(笑)。でも2年生の夏ごろから外部の人と接する機会も増えて、楽しいと感じることも多くなりました」。3年生の秋から主務になり、部費の管理やオープン戦の日程調整など猊瑤留娠〞も任されるようになった。4年時にはその手腕を買われて大学日本代表チームにも帯同した。

理想は「選手に近いマネジャー」だという。深夜0時を回って仕事を終え、今度はレポートに取りかかる。たとえ睡眠時間を削ったとしても、選手と話す時間は削らない。「オープン戦を組むにしても、選手が公式戦までにどう調整したいのかを配慮したほうがいい。彼らに助けてもらうことも多いし、何より選手と近いほうが自分も楽しいですから」

卒業後は日立製作所野球部でマネジャーを続ける。「東海大に来ていなければ今の自分はないと思う。つらい時期もあったけれど、それ以上にいい出会いと経験をさせてもらった。社会人日本一になって、皆に恩返しがしたい」と笑った。 (恵)

 
(写真)ホームインした選手を笑顔で出迎える黒澤さん