Column:本棚の一冊
2018年2月1日号
『将棋の起源』


将棋版は世界の縮図
工学部精密工学科 内田ヘルムート貴大 講師



麒麟(きりん)、獅子(しし)、鳳凰(ほうおう)、大龍(だいりゅう)、盲虎(もうこ)、醉象(すいぞう)。これらの名前のつく駒が、かつて将棋に存在していた。もちろん日本で自然に生息していたわけではなく、宗教の説話や外国との貿易などで「空想の動物」として伝わった。将棋の発祥は、紀元前200年ごろに古代インドで遊ばれたチャトランガという4人制の将棋であるという説が有力である。これが西へ伝わりチェスに、東へ伝わり中国将棋(象棋・シャンチー)や日本の将棋へと姿を変え、世界各国に広まったとされている。

日本へは東南アジアより航海ルートで伝来した説が有力である。中国・朝鮮半島方面へ伝わったものは駒を交点に配置するものであり、駒を枠の中に配置するチェスや日本の将棋と違いがある。私が新宿御苑のすぐ脇にある校舎で高校時代を過ごしたころ、高校近くの書店でふと本書と出会い、将棋の発祥や歴史を知るきっかけとなった。

世界には多様な将棋がある。駒を再利用する「持ち駒」ルールは日本将棋特有であり、その導入で変化の可能性が非常に大きくなった。その他、「打ち歩詰めの禁止」は相手に敬意を表する精神が影響しているとも考えられる。一方、大陸の将棋には盤面に川などの地形条件が加えられたものや、王が敵陣まで逃げることが許されないもの、そしてパスができるものもある。このような各国の将棋のルールは、その地域社会の文化・風習・価値観を取り入れて発展してきたものである。

私たちが住む社会では、多様な個性や特技を持った人々が、異なる分野で役割を持ち活躍している。将棋では、行き詰まって動けない駒、動かなくても重要な役割を果たしている駒、場所を変えて(成って)初めて活躍する駒もある。少なくとも言えることは、どの駒が抜けても将棋は成立しないということだ。一番小さな駒である歩でさえ、いなくなると何もできなくなる。現実の世界はより複雑になるが、どんな人間でもその人にしかできないことは必ずある。

この季節、期待や不安を抱え新しい環境に身を置くことになる人も多いだろう。大きな分かれ道に差しかかり進路を選ぶとき、はたしてその選択が正しかったかどうかは、後になってみないとわからない。重要なことは、その難題にどれだけ必死に悩み取り組み続けたかであり、自分自身と向き合うための「持ち時間」は決して無駄な時間ではない。

『将棋の起源』
増川宏一著
平凡社ライブラリー

 
うちだ・ヘルムート・たかひろ
1980年西ドイツ生まれ。東北大学工学部卒業、同大学院工学研究科知能デバイス材料学専攻修了、ドイツ・ゲッティンゲン大学物理学部付属材料物理学研究所でDr.rer.nat.(Ph.D.)取得。専門は材料工学、材料物理学。