Column:Interview
2018年7月1日号
父の十三回忌追善能で「道成寺」を公演
観世流能楽師シテ方
水田雄吾さん (文学部日本文学科1993年度卒)

小鼓の独奏に合わせた「乱拍子」から、大鼓や笛、地謡も加わり一転して激しくなる「急ノ舞」、シテの白拍子が鐘の中に飛び込むや鐘が落ちる「鐘入り」へと続く―能の演目「道成寺」は、小鼓との独特の間合いによる舞に加え、落下する大きな鐘に飛び込むという危険も伴う難曲だ。 

能楽師として大阪を拠点に活動した父、水田博さんの十三回忌追善能を5月20日に大阪市・大槻能楽堂で開き、「道成寺」に挑んだ水田雄吾さん。「父は鐘入りの稽古で大けがを負いましたが、リハビリを経て数年後に舞台で見事に成功させました。高校生のときにその姿を見て、この世界では“遅い”といわれる年齢から能楽師を目指しました」と振り返る。
 
本格的に能楽師の修業を始める前に世界を広げたいと上京を決め、観世流銕仙会で研鑽に励む一方、東海大学では日本文学科で能や狂言、歌舞伎の研究に取り組んだ故・堀越善太郎教授と出会う。堀越教授と謡曲の同好会も立ち上げ、謡の稽古に励んだ。

「11月の建学祭に合わせて開かれていた『欅能』では、仲間とともに謡曲を披露させていただきました。堀越先生が亡くなられ、その後東日本大震災の影響で『欅能』は開かれなくなってしまいましたが、学生たちが伝統芸能に触れる貴重な機会でした。ぜひ復活してほしいし、私も可能な限り協力したい」

卒業後は人間国宝の大槻文藏氏の下で修業を積み、玄人として独り立ちを果たす。しかし、30代で2度の脳梗塞を発症、言語障害も残った。「ほかにも『もやもや病』という脳血管障害もあります。絶望も感じましたが、舞台に戻りたいと家族に支えられてリハビリに取り組みました」
 
懸命のリハビリで回復を遂げ、日常会話はもちろん、謡も一から取り戻した。そして、自らの歩む道を示してくれた父の魂を弔う舞台を成功させた水田さん。今後は、「多くの人にもっと能楽を身近に感じてもらえる活動をしていきたい」と前を見据える。「まずは習ってみたい、趣味にしたいという選択肢に入れれば」と、公演や講習会で意欲的に全国を飛び回っている。
 
(写真上) 小鼓の伴奏と一対一で舞う「乱拍子」は道成寺の見せ場の一つ。緊迫感あふれる場面を熱演する水田さん(写真=森口ミツル氏撮影)
(写真上) 「多くの人に魅力を知ってもらいたい」と話す