特集:研究室おじゃまします!
2018年8月1日号
精神疾患による長期入院を解消
地域の支援体制を整え
医学部看護学科 吉川隆博 准教授

うつ病や統合失調症などの精神疾患による入院患者は約23万人(※)。その約3分の2は1年以上の長期の入院患者で、20年、30 年に及ぶ人もいるという。社会復帰の難しさや医療費の増大が指摘され、長期入院の解消は大きな課題だ。医学部看護学科の吉川 隆博准教授は、看護職の立場から精神疾患患者の社会生活を支える地域連携体制に関する研究に取り組んでいる。※2014年厚生労働省「患者調査」より(認知症を除く)

「精神疾患の患者と交流した学生から、“怖い と思っていたが違った”という感想をよく聞きます。確かに、大声を出したり暴力的になったりといった症状が出る人もいますが、適切な治療で改 善するものですし、長期入院患者の多くは病状が安定しています。それでも退院に至らないのは、 再発などを恐れ、家族や地域が受け入れに消極的になってしまうからです」と吉川准教授は分析する。
 
「精神疾患は糖尿病やぜんそくなどと同様、治療が長期に及ぶ慢性疾患。早期の発見と治療が効果的な一方、再発の可能性が高いことも同じです。問題は、こうした精神疾患に関する正しい知識が周知されていないこと。服薬や定期的な通院治療を促し、再発しかかったとき、してしまったときの適切な対処法などを理解すれば、人々の不安は軽減し、受け入れに前向きになるはずです」

ほかの疾患と同じ枠で 支援を考える
厚生労働省は2011年度に、各都道府県が医療計画に盛り込むべき疾病として指定していた 「がん」「脳卒中」「急性心筋梗塞」「糖尿病」に、新たに「精神疾患」を加えた。吉川准教授は、「精神疾患が国民に広くかかわる身近な病気として認知され、『5疾病』として他の病気と同じ枠組みで支援策を考えられるようになったのは歓迎すべき」と話す。
 
指定以前の精神疾患関連施策はすべて他の疾患とは別枠。精神病院の多くが精神科専門だったこともあり、病態や入院生活などについて一般の人が知る機会は少なく、特 別視されがちだった。こうした状況の中、吉川准教授が期待しているのが、都道府県や市町村が 構築を進める「地域包括ケアシステム」だ。
 
「精神疾患になったときに安心して受診、入院できる医療機関や、退院後の医療支援、福祉サービスなどを住民の視点に立って整えて紹介する。そうした活動から、精神疾患も身体の病気と同じだと理解してもらうことが、地域支援体制をつくる第一歩です」

柔軟な発想と啓発で 地域力を高める 
また、「必要に応じて制度や仕組みを変える柔軟性や、発想の転換も重要」と力説する。「それを実感したのは、介護福祉士法の改正に携わったとき。常時、人工呼吸器が必要なALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者に対し、訪問看護師だけでなく介護福祉士も痰の吸引ができるように法律を改正し、医療的支援を充実させて在宅生活を後押ししました」
 
さらに、ALSの人がSNSを通じて自身の病気や日常について情報発信したことが、一般の人々の支援の輪を広げた点にも注目。「事実をありのままに伝える大切さを認識しました。精神疾患についても、患者や看護師からの情報発信を模 索中です。看護師は医療職の中で最も人数が多い。全国の看護師が連携すれば、精神疾患の啓発や地域支援に関する大きなムーブメントを起こせるはず」と意欲を見せる。
 
現在は、他大学の研究者や医師、看護師らとともに、精神疾患患者の地域支援に関する先進事例を調査し、手厚い支援が必要な人の地域生活を可能にする連携体制のガイドライン作成に取り組んでいる。また個人としては、精神疾患についての普及啓発を行う任意団体 「シルバーリボン」の活動も支援している。  

「大切なのは、『地域で支える力』を高めること。今後も、実効性のある地域支援策を目指して研究を続けたい」


Focus
人生を変えた「本」と「人」




「本との出会いが人生の転機になりました」。そう言って取り出したのは、大熊一夫著『ルポ・精神病棟』『新ルポ・精神病棟』と、石川信義著『開かれている病棟おりおりの記』の3冊。「高校卒業後、精神病院で漫然と働き、看護師資格を取得したころに読みました。精神医療の暗闇と理想の両極を知って衝撃を受け、『もっと学び、考えなければ』と心底思った。だから自分の中でこの年を、『看護に目覚めた年』と呼んでいます」
 
精神科の臨床ひと筋に20数年が過ぎたころ、再び転機が訪れる。「20歳から60歳までを前半と後半に分けて、何をするかを考えるべき」という尊敬する先輩の言葉に触発され、 40歳で看護教員に。さらに、厚生労働省のスタッフとして精神医療・保健に関する施策の立案 や制度改正などにも携わった。「臨床、教育、行政と3つの立場からかかわれたのはありがたい」と話す。
 
教育や研究のかたわら、古い文献や新聞などを集め、高齢になった長期入院患者や引退した医療従事者へのインタビューを通じて、戦後日本の精神医療の歴史をひもとくのがライフワーク。
 
「幻覚や妄想のある患者さんに対する姿勢として精神看護の現場で受け継がれている言葉に、『否定もせず、肯定もせず』があります。でも、いつ誰が言ったのかわからない。そうした“謎”を解明できたらうれしいですね」

 
(図) 多様な精神疾患に対応し、患者本位の医療を実現できる医療連携体制を整えるとともに、精神疾患や精神障害のある人が、地域の一員として安心して自分らしく暮らせる地域包括ケアシステムの構築を目指す

(写真)きっかわ・たかひろ 1965年岡山県生まれ。川崎医療福祉大学大学院修士課程修了。厚生労働省障害保健専門官、山陽学園大学看護学部 准教授などを経て2014年10月から東海大学健康科学部看護学科准教授、18年度から現職。17年6月、日本精神科看護協会副会長に就任。