share

コラム

2018/10/01
学生と日々接する中で感じていることや思いなど、
毎年3人の東海大学の教員がそれぞれの視点からつづるリレーエッセイ。

痕跡学のご紹介③「痕跡をデザインする」

政治経済学部経済学科 林 良平 講師

人々が痕跡を手がかりに行動するならば、痕跡をデザインすることで人々の行動を誘導できる。

結婚式の披露宴会場で、招待客に記帳を促すのは気疲れする作業である。招待客は筆を手にしたかと思うと友人に肩をたたかれ、記帳を忘れて談笑が始まる。周囲に知り合いがいないか、御髪が乱れていないかと、注意散漫である。気の利く受付係は、「ここにご芳名とご住所をご記入ください」などと野暮な指示はしない。芳名帳の先頭に自分の名前を書いておくだけで、招待客は勝手がわかるものである。ただ痕跡をデザインして、あとは待ち構えておけばよい。

粋な誘導は日本庭園にも見られる。借景と庭木を見ながら飛び石を踏み進めていくと、足元に突然縄で十字に縛られた石が現れる。止め石や関守石などと呼ばれるこの石は、これより先は進入を遠慮されたいというシグナルである。

私の研究室には応接用にポーションでつくるコーヒーメーカーがある。ゼミ生は好みの種類を選んでつくり、飲みながら授業を受けている。

数カ月に1度、業者からポーションが送られてくる。化粧箱にポーションを補充する業も学生が自発的にしてくれている。几帳面な学生がいて、種類ごとにポーションを並べて詰め、購入時のような隙間のない箱を完成させる。すると、これまでよく飲まれていた種類が途端に飲まれなくなる。隙間なく充填された種類は、誰も飲んでいないから飲まないほうがよいような印象を与え、飲むことをはばからせる。逆に箱に雑然とポーションを放り込むと、よく飲まれるようになる。

痕跡をデザインするにはコツがある。それは、選択の手がかりを必要としている場面で痕跡を使わせることである。芳名帳に何を書けばよいのか、庭園のどこを進めばよいのか、どの種類のコーヒーを飲もうかといった選択は、多くの人にとって正解がわからない問題である。真剣に考えても決め手に欠けて答えが出せない。そんなときに、痕跡が自然と誘導してくれるのである。

「ビュリダンのロバ」のたとえ話は痕跡デザインが使える場面をよく表している。空腹のロバが岐路に立っていて、左右どちらの道にも同じ距離に同じ量の干し草が置かれている。合理的なロバはどちらに進むべきかを決めあぐねているうちに餓死してしまう。
人は決めかねる場面に日々遭遇しているが、何らかの方法で行き先を決めている。その方法の一つが痕跡である。

(筆者は毎号交代します)

Point of View記事一覧

2024/03/01

人生は長い旅路

2024/02/01

“違和感”が教えてくれたこと

2024/01/01

理科で学ぶ「条件制御」を日常に

2023/12/01

趣味のすゝめ

2023/11/01

海を渡ってブリコラージュ

2023/10/01

「推し本」を語り合うこと

2023/09/01

君たちはどう逃げるか

2023/08/01

「未来塾」で見る日本社会の「未来」

2023/07/01

「分かりやすさ」にご注意

2023/06/01

衣付けの楽しみ

2023/05/01

ぷらっと優しいつながりを

2023/04/01

AIが変える検索と教育の未来

2023/03/01

カウンセリングとアドボカシー

2023/02/01

骨にまで残る病気

2023/01/01

まず隗より始めよ②

2022/12/01

カウンセラーもがまださんと!

2022/11/01

骨に記録された食事

2022/10/01

まず隗より始めよ①

2022/09/01

面接室の外の心理療法

2022/08/01

歯の抜き方も好き好き?

2022/07/01

活用なき学問は無学に等し

2022/06/01

模索の日々

2022/05/01

サメに食べられたヒト

2022/04/01

挑戦できない社会人を大量生産しないために

2022/03/01

コロナ禍で進むICT利活用、今後は?

2022/02/01

真夜中の争奪戦

2022/01/01

黒い雪

2021/12/01

思考の整理に便利なツール

2021/11/01

3年半を振り返って

2021/10/01

月明かりが生む闇のかたち

2021/09/01

アフターコロナの学びを考える

2021/08/01

分類学と博物館を巡る旅

2021/07/01

喘息と獣

2021/06/01

学ぼうと思ったきっかけ

2021/05/01

深海魚と私

2021/04/01

作品をみることは、自分自身をみること

2021/03/01

お題〈番外編〉 卒業を振り返る

2021/02/01

趣味を通して世界を広げる

2021/01/01

〈自分の意見〉を伝えること

2020/12/01

お題③ざんねんないきもの

2020/11/01

動物愛護とアニマルウェルフェア

2020/10/01

〈別れ〉と向き合う

2020/09/01

お題② 平均

2020/08/01

家族や友人との食事こそ

2020/07/01

〈二人の時間〉の過ごし方

2020/06/01

お題①辛口コメント

2020/05/01

笑う動物

2020/04/01

「出会い」がもたらすもの

2020/03/01

インテグリティ

2020/02/01

Universityの楽しみ方