Column:本棚の一冊
2011年5月1日号
『Vorstudien und Erganzungen zur Theorie des kommunikativen Handelns』


この世界を生きるということ
観光学部観光学科 本田量久 准教授


私たちは自然環境、社会の規則や文化などの制約条件に縛られながら生きざるをえない。この意味において、私たちはこの世界に組み込まれた存在であり、よって不条理な運命に振り回される存在であると言ってよい。しかし私たちは、この世界に対してまったく無力というわけではない。私たちは「生」を実践することによって、新たな世界をつくっていく存在でもある。

本書は、私が大学生のときに、学問的な関心から手にとったハーバーマスの作品である。そこには、コミュニケーション的行為が社会の根幹をなしているという社会学的な世界観が示されているが、そのことよりも、今も私の記憶に深く刻まれている一文がある。「人間の行為とは、世界に介入することである」(筆者引用)。

ここで「介入」という訳語を入れたが、原語はeingreifenであり、「私たちが生きる世界に(ein-)手を伸ばして何かをつかみとる(-greifen)」というイメージで解釈できるだろう。どこに向かって進んでいるのかさえ分からずに無我夢中に走り続けた大学生のとき、私はeingreifen という一語に、自分とは異なる他者とともにこの世界を「生きる」ことの意味を読み取れるのではないかと考えた。

2011年3月11日、大地震と津波が東北地方を破壊し、多くの生命を奪った。だが、大震災で亡くなったひとたちは、荒れ狂う自然の猛威にのみ込まれながらも、恐らく最期まで「生」に向かって手を伸ばし続けたはずである。報道によれば、見ず知らずのひとを救うために、生命を落としたひとも少なくない。大地震や津波の再来、放射線被曝のリスクにもかかわらず、今も被災地で復興活動に死力を尽くしているひとがたくさんいる。世界中のひとたちも、東北地方に手を差し伸べている。そして、この危機状況を生き抜くべく、お互いに手をとりあう被災者のひとたちがいる。時間と空間を超えて、一人ひとりの「生」が融合しながら、今も新たな世界を紡ぎ出している。

苦難に屈することなく、お互いに手を伸ばし合い、震災前よりも強靭な日本をつくっていく決意を新たにしなければならない。人間は、運命の気まぐれに翻弄されながら、それでも仲間とともに絶えず新たな世界を創造し続ける存在である。

『Vorstudien und Erganzungen zur Theorie des kommunikativen Handelns』
Jurgen Habermas(Suhrkamp)

 
ほんだ・かずひさ 1973年神奈川県生まれ。立教大学社会学部卒業、社会学研究科博士課程修了(社会学博士)。専門は社会学理論など。著書に『「アメリカ民主主義」を問う─人種問題と討議民主主義』(唯学書房)などがある。