Column:Interview
2019年8月1日号
東京パラのガイドランナー目指す
金子太郎さん(体育学部競技スポーツ学科2011年度卒)

2009年度から2年間に わたって陸上競技部駅伝チームの主将を務めた金子太郎さん。現在は、視覚障がい者女子マラソンで伴走者を務める「ガイドランナー」として活躍している。金子さんは、大学4年時の東京箱根間往復大学駅伝競走で9区を走り、総合4位で、5年ぶりのシード権獲得に貢献するなどチームの中心選手として活躍した。

卒業後は、佐川急便(現・SGホールディングス)に進んだものの、「なかなか成績を残せない日々が続き、一時は走ることが嫌いになってしまった」と、入社から1年半後に競技を離れた。

高校の教員へと転職した金子さんは、15年に新聞広告で「視覚障がい者ランナーの練習パートナー募集」を見つけた。興味を持ち応募すると、翌年のリオデジャネイロパラリンピック女子マラソンで5位入賞を果たす近藤寛子選手(滋賀銀行)をサポートすることになった。

ガイドランナーは選手と1本のロープでつながりながら、段差や坂道などのコースコンディションなどを声で伝える。レース中には、前後のランナーとの差や通過タイムを教え、選手を支える。

しかし、近藤さんとの初めての練習では、「歩幅や感覚が合わなかった。一人で走るのとは全く違う。案の定、次に練習相手の声がかかることはありませんでした」

その後、金子さんは滋賀県の北大津養護学校に勤務する。生徒と向き合う中で「相手を思いやる気持ちが芽生えた」と振り返る。18年2月には個人で出場したロードレースで近藤さんと再会。再び練習パートナーを依頼され、ガイドランナーとしてレースも出場するようになった。

現役時代に培った走力や養護学校での経験などを生かした金子さんのサポートを受け、近藤選手は今年2月3日の別府大分毎日マラソン大会では準優勝。4月28日にイギリス・ロンドンで開催されたWPAマラソン世界選手権大会には日本代表として出場し、8位となった。

「大学時代から、日本代表になることは目標だった。一度はあきらめる結果になったが、近藤さんやほかのガイドランナーの皆さんと出会い、夢をかなえることができた。まだ足を引っ張ってしまうことも多いけれど、東京パラリンピックの舞台で伴走することが次の夢です」

 
(写真)東日本実業団選手権大会をはじめ、トラックレースでも伴走者を務める(写真は本人提供)