Column:Point Of View
2020年1月1日号
「迷惑」はかけるのもよし、かけられるのもよし
現代教養センター 二ノ宮リム さち 准教授

「人に迷惑をかけてはいけないよ」

みなさんも、こんな教えを受けてきましたか? 私たちの社会で大切にされている規範です。ところがこれが私たちの人生を窮屈なものにしているとしたら……。

昨年、イギリスのチャリティーズ・エイド・ファウンデーションが発表した「世界人
助け指数(World GivingIndex)」の10カ年レポートが話題になりました。日本は、過去1カ月間に「見知らぬ人を助けた」人の割合が125カ国中、最下位だったのです。

私自身がこれまでアジアや欧米などの他国に暮らした経験を思い返しても、これは残念ながら納得のいく結果です。路上で、バスや電車で、スーパーで……人々が通りすがりの人に声をかけ手を差し伸べる風景が、日本にいるときよりも圧倒的に頻繁に、日常的に見られたからです。日本では、ほんの些細な手助けでも、助けられたほうは「すみません」「大丈夫です」と縮したり、助けるほうも「おせっかいはかえって迷惑かな」と躊躇したりしますが、彼らは助けるほうも助けられるほうも自然体です。
 
人に助けてもらうことはよくないこと、遠慮すべきことだと思う、それはきっと「人に迷惑をかけてはいけない」と教えられてきた結果でしょう。そしてそれは時に、助けられる側の人を「迷惑をかける人」と見て、非難する態度にもつながることがあるように思います。「迷惑は悪」という価値観が、助けられる・助ける双方の心を縛ります。
 
困りごとを持つ人の「当事者研究」で知られる熊谷晋一郎氏の「自立とは依存先を増やすこと」という名言があります。人間は誰もが他人や環境に依存せずには生きられないのであって、その依存先を多く持つことこそが自立だというのです。私たち人間は、周囲に頼ることによって自由な人生を築き、同時に人に頼られ必要とされることによって生きがいを得るのでしょう。
 
「迷惑は悪」が心を縛る影響は、道端の助け合いにとどまりません。「迷惑をかけないように」自分の悩みは自分で解決しようと抱え込む、失敗を恐れて挑戦を避ける、多数派と異なる自分の意見は封じ込める……。
 
「迷惑はかけるのもよし、かけられるのもよし」を新年の合言葉に、のびのびとした社会と人生を拓きませんか。

(筆者は毎号交代します)