Column:本棚の一冊
2011年6月1日号
『女の町フチタン メキシコの母系制社会』


「もう一つの世界」の可能性
海洋学部海洋文明学科 川野美砂子 准教授



フチタンという町の名前を聞いたことがありますか? それは北米と南米を結ぶ地峡地帯にあるメキシコの小さな町です。この町を1990年、ドイツの社会学者の女性3人が訪れ1年間滞在しました。彼女たちの目的は近代的な利潤追求型経済ではないもう一つの世界、サブシステンス志向の豊かな社会を体験することでした。

サブシステンスとは生存のために直接必要とされる行為をさします。自家消費のための農作業、食料の調達、料理、掃除、洗濯、育児や介護などのサブシステンス労働は、近代工業社会では家庭内の私的で無報酬の役割として女性に割り当てられてきました。19世紀、ヨーロッパの工業諸国で市場経済が浸透し、競争原理に基づく利潤追求が推奨される活動として自律化する過程は、同時にサブシステンス労働が近代家族の中に囲い込まれて女性が脱経済化される過程でもあったのです。

けれどフチタンは、活発な市場経済の下でなおサブシステンス労働が尊重され、家族を超えた関係によって担われる社会の可能性を示しています。私にとって魅力的だったのは、市場の交換関係の中心にあって、女性たちが互いにほかの女性たちから買うことによって発達させている分業と助け合いのネットワークでした。女性たちはまた機会あるごとに子どもに代母や代父を探し、自身も子どもの代父母と宗教上の親戚関係になります。

こうしてフチタンの家族は近代家族のように社会に対して自らを閉ざさず、共同体全体に広がっているといえます。出版後まもなくこの本を読んだ私は、著者たちと同じころに住んだ北タイの女性たちと市場を埋め尽くす惣菜の山、そして厳しい境界をもたない家族の構造を思い出していました。

私たちの社会で、近代化された社会はこれ以外にありえないのだという言説は力を持っています。これに対してもう一つの世界の可能性を、現に存在するものとして、あるいは存在したものとして示す。そのようなものとして文化人類学を始め、北タイから帰った私は、フチタンの女性と著者たちに対する憧憬の念をもってこの本を読み終えました。地域通貨やイクメンなど新たな価値が浸透しつつある現在、フチタンは一層の現実味を帯びて私たちにその可能性を示しているように思われます。

『女の町フチタン メキシコの母系制社会』
V・ベンホルト=トムゼン編(藤原書店)

 
かわの・みさこ 1953年埼玉県生まれ。東京大学理学部卒業。同大学教養学部卒業。同大学院総合文化研究科文化人類学専攻博士課程単位取得満期退学。専門は文化人類学。