News:学生
2011年6月1日号
公民館建設を通じ学生と住民が心の交流
共同作業で生まれた絆を 被災地の支援に生かす

東日本大震災による被災地の生活復興を支援することを目的に結成されたチャレンジセンターの「3・11生活復興支援プロジェクト」。第1弾の活動として4月28日から5月7日まで、岩手県大船渡市三陸町越喜来(おきらい)泊地区で応急公民館の建設を行った。被災地での活動は、その地区に暮らす人々との心の交流にもつながるものだった。

「本当に完成できるのか不安もありました。住民の皆さんの助けがなければ、最後までやり遂げられたか分かりません」。現場監督として学生をまとめた堀江亮太さん(工学部4年)は振り返る。泊地区での作業に参加したのは、工学部建築学科と電気電子工学科の学生ら11人。ゴールデンウィークが始まる28日に現地に入り、応急公民館の建設を進めてきた。

しかし、序盤は雨天による作業の遅れや体調不良を訴えた2人のメンバーの離脱で工期内の完成が危ぶまれ、学生たちは焦りを感じ始めていたという。作業開始から4日目、それまで工事を見守っていた地区の住民から「手伝おう」と申し出があった。

遠慮の壁を壊して作業がスピードアップ

「手を出したらまずいのかなと思っていたんだ……。ただ、本格的な建築作業は初めてだから仕方がないけれど、手際が悪いんだよ」と住民の一人、林明さんは豪快に笑う。広報担当の熊崎雄大さん(同)は「支援に来たのに、被災した皆さんに協力をお願いしては申し訳ないと思っていました」と振り返る。

“応急公民館を建てたい”学生と住民共通の思いが、お互いの遠慮の壁を壊し、本格的に共同作業が始まった。それからの作業は格段にスピードが上がった。林さんいわく「このあたりでは、誰かが家を建てるときには皆で手伝う。柱を削ったり、部材を運んだり、何かしら経験がある」のだそうだ。

地元の大工、三浦洋一さんは学生たちにとって心強い助っ人になった。建てつけが悪く閉まらないサッシも、三浦さんが調節すればたちどころに動く。構造設計を担当した野村圭介さん(大学院工学研究科博士課程)は「建築を学んでいる私たちにとって、プロの技は衝撃的。勉強になります」と感服した表情を見せた。

元気をもらう日々 今できることを実感
「棟梁、出番ですよ!」「任せとけ!」。いつの間にか学生たちは、林さんや三浦さんらと声をかけ合うようになっていた。「ほら腰が入ってねぇぞー」「仕事ってのはな、段取りが大切なんだ」……学生たちは林さんたちにけしかけられながらも楽しそうだ。「圧倒されるくらい元気。でも、現地の人たちと助け合って作業できてうれしい」と施工担当の田中祐也さん(工学部4年)。

学生たちは期間中、区長の今野貴久雄さんが営む民宿「とまり荘」に宿泊。昼食は毎日林さん宅でふるまわれるなど、現地の人たちの温かさに触れ、元気をもらいながら連日作業を続けた。「一緒に汗を流して、復興への一歩を踏み出してもらう。これがいいんですよ」。現地での作業を指導したプロジェクトアドバイザーの杉本洋文教授(工学部)は語る。「若者が来て何かして帰った、で終わってはだめ。共同作業を通じた心の交流を支援につなげなくてはならない」。熊崎さんは「ここに来るまでは、自分たちに何ができるのか手探りだった。被災者の方たちと触れ合う中で、元の生活を取り戻してほしい、その手伝いをしたい、と心から思った」と言う。

三陸町を忘れない ここからがスタート
「そりゃあ、寂しいよ」。5月7日、完成した応急公民館を背に、作業中は学生たちを叱咤していた林さんがつぶやいた。週が明ければ授業が始まるため、学生たちはその日のうちに湘南校舎への帰路につかなくてはならない。「またいつでも来い。三陸を忘れないでくれよ」

別れを惜しむ住民を前に、堀江さんが言った。「こんなにたくさんお父さんとお母さんができたら、来ないわけにはいきませんよ!」プロジェクトでは、今後もこの応急公民館を生かして、現地でのイベント開催などを企画している。地域と一緒に復興へと歩む、学生たちの取り組みはここからがスタートだ。

ライトパワーが連携 太陽光発電施設を設置
応急公民館への太陽電池モジュールの設置や建物の電気関係の工事では、ライトパワープロジェクトのソーラーカーチームと連携した。チャレンジセンター次長で同プロジェクトアドバイザーの木村英樹教授(工学部)や、大学院工学研究科修了で卒業後も同チームにドライバー兼特別アドバイザーとして携わる佐川耕平さん(富士重工業勤務)が協力。

メンバーで電気工事士の資格を持つ下田剛史さん(工学部3年)やアルマズヤッド・オスマンさん(政治経済学部3年)らも現地に入り、ソーラーカーやエコカーレースで培ったノウハウを生かして工事に当たった。

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Column
住民の共有スペースとして地域復興のモデルケースに
岩手県大船渡市三陸町越喜来泊地区には、65世帯約200人が暮らす。住民の多くは地区の目の前に広がる越喜来湾を使ったワカメやホタテ、ホヤの養殖といった漁業や農業などを営む、普段は静かな集落だ。

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震による津波は、防潮堤や三陸鉄道の線路を越えて町を破壊。地区内の約半数の民家だけでなく、越喜来小学校や同地区の公民館も押し流した。公民館で総務の仕事を務める佐川静香さんは、「情報を共有したり、住む場所を探す悩みなど、地区のみんなで解決するための“場所”が必要でした」と話す。

東海大学関係者と交流があり、大船渡市と大学を仲介した同市議会の三浦隆市議は、「公民館は地域復興のために重要な拠点。東海大の協力は素直にうれしかった。学生の皆さんにとっても何かを学ぶ機会になってくれれば」と語る。

完成した公民館は今後、地区の会議室や支援物資の貯蔵庫、情報共有のための施設として使用される。今野貴久雄区長は「地区再生の第一歩としてだけでなく、他の地域へのモデルケースになるよう活用していきたい」と話している。

 
(写真上から)
▽学生たちと地域の住民らが連日協力して作業に励んだ
▽作業も大詰め。雨どいの土台を取り付ける林さん(左)と施工担当の田中さん。「完成はうれしいけれど、三陸町を離れるのは寂しい」と学生たち
▽東日本大震災発生まで公民館が建っていた場所を視察する。建物が跡形もなく流された様子に誰もが言葉を失っていた。奥に残っているのは消防団の建物
▽毎日の昼食は建設現場から約200メートルほど離れた林さん宅でふるまわれた。連日のおいしい食事に、学生たちは「身体を動かしているのに太っちゃいそう(笑)」