Column:本棚の一冊
2011年7月1日号
『青が散る』


「不安を持ち生き抜く」手がかり
健康科学部看護学科 庄村雅子 准教授



両親が本好きで、家族一緒によく図書館へ通ったものでした。自宅にあった多数の本も好きなだけ読むことができ、恵まれた読書環境に育ちましたが、興味の赴くまま乱読してきたので、本を糧にできているのかあまり自信はありません。

ここに紹介する『青が散る』は「青春の書」として代表的なものなので、既読の方も多いでしょう。大学生のころは私も初めて一人暮らしを経験し、初心者ながら体育会硬式テニス部に入部して看護学部以外の仲間とも交友を深め、モラトリアムを満喫しました。他方、時代はバブル崩壊時で、当たり前に保障されていると思った将来が不確かさに満ちていくのを痛感しました。そうした不安な時期にテニス部にいた文学部の友人が贈ってくれたのが、この文庫本でした。

1960年代から70年代ごろの大学生・椎名燎平が主人公で、入学から卒業までの4年間のテニスを通した交友や恋、友の死などが、主人公の生きた感情や体験としてつづられている小説です。若者のモラトリアムが主人公のリアルな言動として、汗臭く、甘酸っぱく、もどかしく、時に実直に、不安定に、表されています。私自身が選手としては弱いながらもテニスに明け暮れる大学生活を送っていたので、燎平と登場人物とのやりとりには共感できることが多く、400ページを超す長編ながら一気に読みました。

「粘るんなら、とことん粘るんだよ。テニスなんて、途中でどう流れが変わるか判らないよ。ある瞬間、突然ボールが入らなくなる。どんな選手でも、そんなときが必ず来るんだ。ひとつの試合で、一回か二回はそんな状態になる。それを待つんだ。待っている間に、強くなっていくんだよ」(筆者引用)。これは燎平が親友に向けた語りで、青春のころ、印象に残った一節です。大学でテニスはまったく強くなれませんでしたが、精神は少し強くなったように思います。

宮本輝が描く人の心の機微は怖いほど精緻で、本作をはじめ、「河3部作」といわれる『泥の河』『螢川』『道頓堀川』などには、弱さと向き合い不安を抱えながら泥臭く生き抜く自分を、ありのままに認める手がかりがあるように私は感じます。ぜひ皆さんも、一読または再読して下さい。

『青が散る』
宮本輝著
文春文庫


 
しょうむら・まさこ 神奈川県生まれ。千葉大学看護学部卒業。東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科博士課程修了。専門は、がん看護学