Column:本棚の一冊
2010年12月1日号
『犬を飼う』


マンガ表現の可能性を示す作品
開発工学部感性デザイン学科 高月義照教授



この本との出会いは、今からもう15年も前のこと、私がマンガの研究を始めて5、6年経ったころであった。それまでも心に残る名作や傑作はいろいろあったが、読み終えてこれほど深く胸を打たれ、涙を堪えることができなかった作品は初めてだった。爾来(じらい)、私はすっかり谷口ジローのファンになって、その後出版された、私が「人生論マンガ」と呼ぶ作品群、例えば『父の暦』や『遙かな町へ』などを中心にいろいろ読んできたが、そしてそれらも名作には違いないけれども、やはり何と言っても私にとっては『犬を飼う』が秀逸である。というのも、本書こそ私にマンガ表現の小説以上の可能性を示してくれた最初の作品だったからである。

本書は「犬を飼うのが子供のころからの夢だった」という作者自身のいわば「私小説マンガ」である。老衰のために日々衰えていく飼い犬を精いっぱい看護する夫妻の愛情と、それに応えるかのように最後まで力の限り生き延びようとする犬の凄絶な生命力と、そして遂に力尽きて息絶えてしまう愛犬の死に寄せる夫妻の哀切とを通して、「生きるということ、死ぬということ」の意味を考えさせる内容となっている。老衰し、点滴だけで1カ月、さらに点滴を中止してからも1週間も生き続けた犬の生命力を前に、近所のおばあさんの「いつまで生きてるつもりなんだろねえ。早く死んであげなきゃだめじゃないかね。でもね、なかなか死ねないもんだよ」という一言は、超高齢化社会に生きる私たちへの助言であり、そして最後に作者が述懐する思いこそ、死が何であるかを私たちに暗示的に教えてくれる。

「たかが犬一匹…、しかし、なくしたものがこれほど大きなものだとは思わなかった。そしてタムの死が私たちに残してくれたもの…、それはさらに大きく大切なものだった」最後の場面に描かれる夫妻の堅く握り合った手の拡大図こそ、その象徴である。私小説で同じ動物の死を扱った有名な作品に志賀直哉の『城の崎にて』があるが、『犬を飼う』のマンガのほうがはるかにこれを凌いでいることは、二つを読み比べてみれば明らかである。

『犬を飼う』
谷口ジロー著(小学館文庫)

 
たかつき・よしてる 1944年高知県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。同大学院文学研究科哲学専攻修了。専門はドイツ哲学。著書に『人間学』『なぜ日本では臓器移植がむずかしいのか』など。10年前より「マンガメディア論」の講義を担当。