Column:本棚の一冊
2011年11月1日号
『カラマーゾフの兄弟』


君も禁断の書を食べてみないか
医学部医学科基礎医学系 鳥越甲順 教授


高校へ進学すると友人たちは盛んに文学談義に興じていた。しかし、私はついていけなかった。その日から図書館へ通い日本文学を皮切りに読書する日課が始まった。指南役は富山県井波町(現・南砺市)から越境入学した呉服商の長男Y君である。土曜日には寺(私は寺の次男)で昼食をとりながら歓談し、定期試験終了の翌日には屋上や近くの丘へ散策しながら読後会を楽しんだ。教養としての読書である。

高校3年になると私は医学、彼は文系コースを選択したのでいつしか疎遠になった。やがて彼が学校へ来なくなったとのうわさを耳にした。ススキの穂が揺れるころ、私は彼の実家を訪ねた。井波欄間の名にふさわしく日展作家の彫刻が通りを彩っていた。通りの先にそそり立つ瑞泉寺の山門前に彼は住んでいた。相変わらず栴檀(せんだん)の香を放っていた。学業成績トップの彼の口から思いもかけない話を聞いた。大学教授か、あるいは、法曹界へ進む夢を捨てて、来春から京都の呉服問屋へ丁稚奉公に入るというのである。ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』を読んだのがきっかけとなったとも明言した。何と恐ろしい。今この本を読むと私は医学の道を断念するかも知れないとの不安に駆られて、固く封印した。

私21歳。大学1年。禁断の書を開く時が来た。家族には夕食時以外は自室にこもってこの本を読むと告げて協力を求めた。12月31日。除夜の鐘をつき終わり、下駄箱に私の履物の全てをしまい、本堂の屋根裏部屋で文机に向かった。一粒の麦もし死なずばの聖書の一節で始まった。昼も夜もなく私は読みふけった。仮眠する夢枕にも次々と登場人物が立ち、語っては去り、まさしく夢遊病者である。1月8日朝に読み終えた。障子を開けると雪景色であった。

さて、私は変わったか。あれ以来、主人公アリョーシャが私に乗り移った。アリョーシャ(私)は、これからどのように生きればよいのか。私の読書はもはや生ぬるい教養のそれではなく、心の迷いを解くために真剣を携えた旅へと変わっていた。君も禁断の果実(書)を食べてみたくないか。

付記:現在Y君は呉服商の事業を拡大し、ご子息は法曹界へ進んでいるとの年賀状を受け取っている。

『カラマーゾフの兄弟』
ドストエフスキー著、原卓也訳
新潮文庫

 
とりごえ・こうじゅん 1952年石川県生まれ。金沢大学医学部卒業。医学博士。金沢大学神経情報研究施設講師、福井医科大学解剖学助教授を経て現職。専門は神経の再生、腱の再生。僧籍あり。