Column:本棚の一冊
2012年6月1日号
『きもの』


我(が)の張り方、ふるまい方
法学部法律学科 青柳由香 講師



幼稚園生のころ、プールの日は幼稚園に行きたくないと泣いた。黒い水着の胸元に刺繍されたドラえもんが嫌だったからだ。母は、私がプールでの水遊びを嫌っていると思ったようで、プールの日だということを秘密にするため、朝のお迎えバスの先生にこっそり水着を手渡していた。幼稚園で初めて予定を知るわたしは、やむなく泣きながら水着に着替えていたのである。

子どもであっても水着が嫌で我を張るのである。成長するにつれ、身につける衣類は関心事となる。これが大人になると悩ましくもなる。好きな服ではなく、場所がら、自分の身分をわきまえた服装が必要になるときがあるからだ。他者との関係性を踏まえて衣装を選び、そつなくふるまわなければならない。

主人公るつ子に、着物の身につけ方からあいさつまで、社会における身のこなし方を教えたのはおばあさんである。なるほど、そういったことは周りの大人が折に触れ教えてくれるものかと『きもの』を通じて知ったころ、母がまだ生きていたか記憶が曖昧だ。しかし、このおばあさんのような知恵者は私にはもういない、と考えたからには、母はすでに亡くなっていたのだろう。であれば、読んだのは大学5年生以降か。

爾来(じらい)、年に数回この本を開いてきた。社会でのふるまい方を学ぼうという殊勝な気持ちからではない。子ども時代から娘時代にかけての、るつ子や姉たちの衣装選びの様子や家庭の事件、恋愛模様、結婚生活の事情などをのぞきたいからである。姉たちが嫌味な女に育っていく様をみて、がっかりするるつ子やおばあさんの様子など、何度読んでも下世話な興味をそそる。

しかし時に、娘たちの我の張り方やおばあさんの気働きのあり様に、自分を思うことがある。なんと我が強くわきまえを失しているものかと、内省するのだ(ただしわずかの時間である)。もう少し早く読んでいれば、わたしもちょっとはましだったかもしれない。

ところで、水着を嫌っていたころ、ピンクのワンピースを妹とおそろいでよく着ていたことを思い出した。裾に大きなドラえもんの刺繍があったが、このワンピースはお気に入りだった。なぜあれほど水着は嫌ったのだろう。我などというものは随分といい加減なものだ。これからはそう思うことにしよう。だからといって容易に抑えられる、というわけでもないけれども。

『きもの』
幸田文著
新潮文庫

 

あおやぎ・ゆか
1975年東京都生まれ。早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程修了。専門は経済法。