Column:本棚の一冊
2012年8月1日号
『ベスト&ブライテスト』


浮薄な知性や合理主義への警鐘
政治経済学部政治学科 武藤 祥 講師



大学1年の「国際政治入門」というゼミの最後に、小論文を提出しなければならなかった。テーマとして日米貿易摩擦を扱いたいと思い、ゼミの先生に話したところ、1冊の本を薦められた。それがアメリカのジャーナリスト、ハルバースタムの『覇者の驕り』という本だった。大学に入って初めて本格的なレポートらしきものを書いた思い出とともに、ハルバースタムの名は心の奥底に残っていた。

その後ふとしたきっかけで読んだ本書は、彼がいかに優れたジャーナリストであるかを強烈に印象づけた。アメリカの「最良にして最高の(ベスト&ブライテスト)」エリートたちが、どのようにベトナム戦争という愚行に走り、その泥沼に埋もれていったかを克明に描いた本である。

文庫にして全3巻という重厚な本であり、「ベスト&ブライテスト」たちの生い立ちから知的背景、人間関係までを徹底した取材で明らかにしている。それだけでも読み応え十分だが、彼らの愚行を属人的要素のみに還元しているわけではない。彼らが抱いた、戦局が不利になったらいつでも撤退できるという誤謬、そしてベトナムの指導者・一般の兵士・市民の戦略・信念・感情を、自分たちの認識枠組みでしか捉えることができなかったという落とし穴の描写・分析が、本書の最大の読みどころである。それを通じて作者は、合理性への妄信というこの時代特有の「時代精神」を描き出している。

「ベスト&ブライテスト」たちの歴史感覚の欠如に対する批判は、裏返して歴史認識に裏打ちされたハルバースタムの知性と洞察力を示している。それはまた、近年まん延する浮薄な「知性」や「合理主義」への警鐘でもある。本書は奥深い含意を備えつつも、作者の卓越した筆致によって、幅広い人が読める優れたルポルタージュに仕上がっている。アメリカの「最良にして最高の」知性と批判精神が生んだ大傑作である。ハルバースタムは2007年に交通事故で帰らぬ人となった。もう彼の作品が読めなくなってしまったことは残念でならない。

これを読んだ当時、自分が政治や歴史の研究を生業にするとは予想していなかった。だが、政治にしても歴史にしても、合理性では割りきれない要因にこそ興味を惹かれるという傾向は、このころから持っていたような気がする。

『ベスト&ブライテスト』
デイヴィッド・ハルバースタム著
(朝日文庫)
 
むとう・しょう
1978年福島県生まれ。東京大学大学院法学政治学博士課程単位取得退学。博士(法学)。専門はヨーロッパ政治史。