Column:本棚の一冊
2012年9月1日号
『小さな森の家  軽井沢山荘物語』


穏やかな気持ちになる建築の力
国際文化学部デザイン文化学科
芸術工学部建築・環境デザイン学科 大野 仰一教授


さて、どんな本を紹介しようかと研究室で、本棚の前に立ち、ぼうっと眺めていた。本は増える一方で、どうも捨てられない。棚に入れたり引っ張り出したり、積んだり隙間に挟んだりと整理整頓などとは無縁で混乱の極み。考えてみれば、そもそも手に入れてからすぐにすべて読み通さないのも悪い癖だ。
 
買うのは必ず本屋で、たいてい数冊まとめ買いしてしまう。新しい本はすぐにしまわないことが多いので机の上はひとたまりもなく本と書類で埋まってしまう。しまう定位置などないわけだから、授業で学生に本を紹介しようなどと思ったときは大変だ。探すたびにまた位置が変わる。今も眺めている途中で、何を探しているかを忘れてしまい、我に返って、そうだ原稿用の一冊を探してたんだと思い返した。そうしたら、背表紙のタイトルが目に飛び込んできた。ああここにいたか、やあ、久しぶりだなあと手に取ったのが、今回紹介する本だ。
 
この本、建築家の吉村順三氏が自分用に建てた別荘の話。その建物の写真や図面は、建築をするほとんどの人が知っている。たぶん、大半の人はよい建築だと思い、こんな仕事したいなあ、この角でこっち向いて座ったら気持ちいいだろうなあ、みんなそう思ってるに違いない。しかも、この本の前書きでは「建築の専門書にはしたくない、だれにでもわかりやすい、楽しい本を」とご本人がおっしゃっている。だから、この本を手に取った人たちは、きっと、軽井沢、森、小さなと、どれをとっても一種のあこがれのような気分になるはず。写真も美しい。
 
本の中から特にそうだ!そのとおり!と強く同感し、ぜひ紹介したいフレーズを。
「前略……自然と共にあることが感じられる、質素で気持ち良い場であること。この山荘に私が求めたのはそれだけです。たとえば暖炉のまわりに家族がなんとなく集まって過ごすひと時。それぞれが読書をしたり音楽を聴いたり、好きなことをしながら、同じ大きな時間の流れのなかに共にあることを感じることができます。……後略」
 
これは、建築は人を穏やかな気持ちにさせる力がある、と読める。山荘は住まいに置き換えられる。久しぶりに眺めて読んで、静かな時間が過ごせた。お忙しい方、ご一読を。


『小さな森の家 軽井沢山荘物語』
吉村順三著
(建築資料研究社)
 
おおの・こういち
1951年東京都生まれ。東海大学工学部建築学科卒業、北海道大学大学院工学研究科建築工学専攻修了。専門は建築計画。