特集:研究室おじゃまします!
2012年9月1日号
人間はいつから釣りを始めたか?
わずか数センチの魚骨や土器から
人と海のかかわりを解き明かす

海洋学部海洋文明学科 小野 林太郎講師

港に行けば漁船が並び、日々の食卓には魚介を使った料理が供される。日本人にとって見慣れた光景だが、私たち人類はいつから船を使い、釣りをしてきたのだろう。海洋考古学の視点から人と海とのかかわりについて研究し、2011年11月に釣り漁に関する最古の痕跡を発表した海洋学部海洋文明学科の小野林太郎講師を訪ねた。

私たち現生人類は約20万年前にアフリカで生まれ、10万年ほど前にヨーロッパやアジアに拡散。やがて東南アジアにも到達した。ここまでは主に陸伝いで移動できたが、南太平洋の島々やオーストラリアへ移動するには海が立ちはだかった。
 
「島伝いに移動するための航海技術はもとより、陸上動物の少ない島では魚や貝からタンパク質を摂取する必要があった。こうした技術は東南アジア地域で発達したと考えられます」と語る。一方で、この地域の歴史は、ほとんど研究が進んでいないのだという。「17世紀からの植民地時代、20世紀のたび重なる内戦などにより、残されている文字資料は少なく、遺跡の調査も進んでいないのが現状です」
 
小野講師は、旧石器時代から18世紀ごろまでの長期間に東南アジアの人々が海とどうかかわってきたのかを解明しようと取り組んでいる。研究には考古学の手法による遺跡調査が欠かせないが、現代の生活調査も重要だという。これまでにもインドネシアのボルネオ島やニュージーランド領トケラウ諸島に長期滞在し、住民と飲食を共にしながら魚の種類や漁法、食べ方などを調査してきた。「魚の種類や漁法は数万年前から大きく変わらない。出土した道具の使用法を解明する際にも、現代の生活から推測できることが多いのです」

現在の生活を参考に過去を復元する
研究では、遺跡から見つかった魚の骨や土器などの遺物を分析。ボルネオ島やトケラウ諸島に長期滞在して得た現地調査の成果などを参考に、さまざまな時代の生活を復元していく。遺物は数堕度のものも多く、一つひとつ分析し種類を決めていくのは根気のいる作業だ。「派手さはありませんが、小さなことの積み重ねが大きな謎の解明につながります」

世紀の大発見に協力し、2万年前の釣り針を発見
 2011年11月、地道な研究から大発見が生まれた。東ティモールで2005年に発掘されたジェリマライ遺跡の遺物から、約4万2000年前のマグロ属の魚骨を発見したのだ。小野講師はオーストラリアの大学チームが行った調査に協力。出土した約3万点の魚骨を分析する中での発見だった。さらに1万6千年前から2万3千年前のものと見られる貝製の釣り針があることも見つけ、その成果は世界的な学術雑誌『サイエンス』にも掲載された。これまで最も古い釣り針の遺物は1万年ほど前のもの。今回の発見で、さらに古い時代から人類が釣りをしていたことが証明できた。
 
だが「人類は10万年ほど前から釣りをしていた可能性もあり、まだまだ研究すべき点は多い」とも。「海と人がどのように向き合ってきたのかを歴史的に分析することは、人が環境の変化にどう適応してきたのかを解明することにもつながります。そこから、未来へのヒントが見つかるかもしれませんね」



focus
現実を受け入れあきらめない
“竹の強さ”を見つめ直そう


「南太平洋や東南アジアの人々はとてもおおらかで、日本人から見るといいかげんじゃないかと思うこともある。けれど彼らは、火山の噴火などの大災害に見舞われても何度でも立ち直れる。人類の強さってある種の狃斉霎〞にあるんじゃないかと思うんです」

研究テーマの関係で、東南アジアや南太平洋の島々に友人が多い。一昨年の秋、トケラウ諸島の友人から「島の子どもたちが漁に出たまま帰ってこない。残念だが葬式を出したい」と連絡が入った。一緒に遊んだこともある子どもたち。日本にいた小野講師は葬式に香典を送った。それから1カ月も経ったころ、子どもたちが島から1300キロ離れた洋上でアメリカの貨物船に発見されたとの一報が入る。喜びと驚きはひとしおだった。「絶対にこうでなければいけないと決めつけず、現実を受け入れながらあきらめない。竹のような強さが彼らを救ったのでしょう」

古代の人々やその子孫が何千キロも離れた島々を行き来できた背景にも、そうした柔軟性や経験に基づいた勘があったのではないかと考えている。「すべてを合理的に理解しようとする世界観とは違う考え方が、南太平洋や東南アジアの人々にはある。私たち日本人にも風土や歴史の中で育んできた独自の狃斉霎〞があると思う。彼らの柔らかさを参考に、我々も自らを見つめ直す時期なのかもしれませんね」

 
(写真)トケラウ諸島の遺跡から出た遺物を調査する小野講師。調査では現地の大学生や住民が参加することも多い

おの・りんたろう
1975年島根県生まれ
2003年上智大学大学院外国語研究科地域専攻博士後期課程単位取得退学。日本学術振興会特別研究員などを経て2010年より現職。博士(地域研究)。
Key Word 海洋考古学
海中や沿岸にある住居跡や港湾施設跡、難破船などの遺構を調査し、人と海洋とのかかわりの解明を目指す学問。遺物を一つひとつ分析し、過去の生活を復元していくなど考古学的な手法を用いる。近代化以前の社会では物流や移動の重要な手段として海や河川が利用されていたため、各時代の人々の生活を解明するうえで重要な学問分野となっている。