Column:本棚の一冊
2012年12月1日号
『敗北を抱きしめて─ 第二次大戦後の日本人(上下)』


戦後日本の原点に目を向ける
チャレンジセンター 山口勉 教授

 

アメリカの日本学者、ジョン・ダワー氏と初めて会ったのは1986年、ニューヨークのホテルの一室だった。私は読売新聞の特派員として滞米中で、氏の著作『容赦なき戦争( 原題War WithoutMercy)』の刊行直後だった。太平洋戦争を日米の人種差別意識から論じたユニークな著作で、両国の漫画や映画などの大衆文化を素材にした分析に強い印象を受けた。当時日本はバブルの絶頂に向かおうとしている時代だった。日米の経済摩擦は激しさを増し、アメリカでは日本(人)を欧米とは異質の存在として見る「日本異質論」が、日本では軽率な民族主義的主張が飛び交っていた。ダワー氏の著作は、まず日米双方にお互いを人間として認める視点を強く求めていた。
 
その後89年の昭和天皇崩御を前に多くの日本学者とインタビューした。ダワー氏と当時時教鞭をとっていたサンディエゴを訪ねたが、ボストンでお会いした大御所の故ライシャワー氏と特に天皇制の評価で大きく異なっていたのが印象的だった。ダワー氏は昭和天皇が戦前戦後を生き延びたことにより、敗戦という未曽有の体験が天皇の継続性の中に埋もれていくことに強い警戒感を表明した。その流れの中で、彼の関心は6年8カ月に及んだ占領統治が日本に何を残したか、日本は変わったのかに焦点が移っていった。
 
最初のワシントン勤務の93年ごろのことだったと思う。ダワー氏は「今、占領期についての著作を執筆中で来年にも刊行される」と語っていた。結局その著作『敗北を抱きしめて( 原題EmbracingDefeat)』の出版は99年になった。霙(みぞれ)の降る日、ボストンのマサチューセッツ工科大学の研究室に彼を訪ねた。刊行が遅れた理由を尋ねると、「アメリカ人としてではなく、日本人の視点から書かねばならない」と強く感じ、一度書き上げた草稿を破棄したからだと語ってくれた。完成した著作は、天皇制や新憲法の問題だけではなく、「闇市」や「パンパン」など戦後風俗の問題までもが取り上げられる力作となり、その年のピュリツァー賞を受賞した。
 
夏以来、竹島や尖閣問題など隣国関係が喧(かまびす)しい。日本は政治、経済が不安定化し、戦後体制そのものが問われる事態も予想される。学生は必然的に戦後日本の原点に目を向けていかざるを得ないと思う。短視眼的な民族主義に惑わされず、中国や韓国を冷静に見つめていくためにも一読をお勧めする。

『敗北を抱きしめて─第二次大戦後の日本人(上下)』
ジョン・ダワー著
(岩波書店)

 
やまぐち・つとむ 
1948年神奈川県生まれ。一橋大学卒業。読売新聞社入社。テヘラン、ニューヨーク、ワシントン特派員、編集局次長などを経て現職。専門はジャーナリズム、アメリカ政治。