特集:研究室おじゃまします!
2012年12月1日号
有機化合物を作り出し 私たちの生活を支える
医学や工学にも活用
工学部応用化学科 毛塚智子 講師

さまざまな病気を治療する薬と最先端の液晶テレビ、そしてポリ袋。一見何の関係もないように思えるが、実はどれも「有機合成」と呼ばれる技術を使って作られている。私たちの生活で重要な役割を担うこの分野で、新しい化合物の生成などの研究に取り組んでいる、工学部応用化学科の毛塚智子講師を訪ねた。

有機化合物とは、炭素原子の骨格に水素などの他の分子がつながってできた複雑な構造を持つ化合物のこと(一酸化炭素や二酸化炭素は除く)。人を形づくっているタンパク質もこの一種だ。この有機化合物を人の手で作り出す場合は、自然界にある物質や既存の化合物を原料に使い、反応を仲立ちする触媒を用いて合成する。核となる炭素には原子同士を無限につなげる性質があることから、生成できる有機化合物の数は無限大ともいわれている。
 
この分野は、「日本が世界の最先端を行っている研究領域の一つ」(毛塚講師)でもある。2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治さん、10年に同じく化学賞を受賞した鈴木章さんと根岸英一さんは、有機合成が専門。野依さんらが開発した技術を使って、世界中の研究者が日々新しい有機化合物の生成に取り組んでいる。

複数の技術を組み合わせ効率的な生成法を探る
医薬品やペットボトルなど、有機化合物は私たちの生活を支えるさまざまなものに使われているが、「活用できる物質を生み出したり取り出すためには、いくつもの技術を組み合わせて合成していく必要がある」と毛塚講師。合成の方法によってはその過程で人に害を与える化合物が生まれることもあり、安全で効率よく生成できるようにすることも重要だという。
 
毛塚講師は金属と炭素が結びついた有機金属化合物、特に金属の一種であるイリジウムやコバルトの化合物を触媒に使った有機化合物の生成技術や新規化合物の生成、性質の分析などに取り組んでいる。「全く同じ物質でも、より簡単に生成できるようになれば工業や医療などでの活用もしやすくなる。将来的には、有機化合物の核となる炭素原子同士を結びつける新たな手法も開発したい」。研究は、過去の成果を参考にしながら仮説を立てて実験し、その結果や生成された化合物の性質を分析。次の実験につなげることの連続だ。「自らの手で実験し、知識や経験を総動員して考察する。一つひとつの過程を自らの力で積み重ねていく点が魅力です」。

医学部の教員と連携し発毛物質の開発も
これまでの研究成果を生かし、医学部の小澤明教授と藤井誠史郎研究員とともに新しい発毛物質の研究にも取り組んでいる。男性型脱毛症の治療には現在、ミノキシジルと呼ばれる外用薬が広く用いられているが、これに続く画期的な治療薬は開発されていない。毛塚講師は、発毛作用があるフェンバレレートと呼ばれる物質を元にした薬の研究に取り組んでいる小澤教授らに協力。カルボン酸とアルコールからフェンバレレートと同じ化学構造を持つ物質(類縁体)を合成し、フェンバレレートと同程度の発毛作用がある化合物を作り出すことに成功した。これらの化合物は、これまでにない新たな観点からの発毛物質として注目を集めている。
 
「新しい技術や物質を作り出すことは、有機化学の可能性を広げることにつながります。これからも他分野の研究者と連携して、環境に優しい合成技術の可能性を広げていきたいですね」


focus
回り道を恐れずに
可能性を広げていこう


物心ついたころから、母に連れられて工作教室や野草の観察会、プラネタリウムの上映会に通った。近くに住んでいた祖父も化学者で、いつも化学の面白さを教えてもらえる環境で育った。「そのおかげか、小さいころから自分で工夫したり、考えるのが好きでした。一つの分野や領域にとどまらず、いろいろなことに目を向けたいという考え方は、このころに培われたのかもしれないですね」。
 
自ら手を動かしながら実験する分野に進みたいとの思いから、大学では化学を専攻。大学院で学ぶうちに、「すぐに製品に結びつかない基礎的な研究にも、大学なら時間をかけてじっくり取り組むことができる。そこに魅力を感じて大学の教員を目指すようになりました」。大切にしているのは、面白いと思うことを楽しみながら突き詰めていくこと。「ゴールに向かって一直線に進むと、どうしても視野が狭くなってしまう。らせんを描くように回り道をする中で、面白い分野があれば自分のやっていることに取り入れていくほうが世界が広がります」
 
2010年に長男が誕生し、現在は子育てとの両立の日々を送る。「子育ても新たな発見の連続。大変なこともあるけれど、プラスになることも多い。これからも多くの経験を積んで、可能性を広げていきたい」

 
けづか・さとこ 
1976年北海道生まれ。慶應義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻博士課程中途退学。青山学院大学理工学部助手を経て、2006年から東海大学に着任。理学博士。