特集:研究室おじゃまします!
2011年1月1日号
植物を育てる環境の“味方”
農業の救世主となるか、「ユビキタス環境制御システム」

星岳彦教授(開発工学部生物工学科)は、温室ハウスや植物工場など野菜生産施設の「環境制御システム」を研究している。センサが感知する温度や光量などの情報をもとに、暖房機や養液給液機などの制御機器が協調して作動する「自律分散型」のシステムだ。大型コンピュータ不要のシステムで、コスト削減という大きなメリットがある。

温室など、植物生産の現場となる施設にとって、環境制御システムは、収穫量の向上や、需要に合わせた生産調整のために大きな役割を果たす。環境制御システムは、1980年代から国内の導入が始まった。現在、大規模施設ではオランダ製の製品にほぼ独占されている。必ずしも日本の高温多湿の気候条件に適しているわけではなく、同システムは大規模ハウスを想定したもので、中小零細中心の日本の農家では効率が悪い。しかもそこで得られた環境データは製造メーカーの製品改良にだけ使用され、国産技術の空洞化が懸念される。

これまで主流となってきたシステムは、1台の大型コンピュータが施設内の各種制御機器を一括管理する「集中型」。いわば「大きな脳」がすべての機器に指示を出している。「大きな脳」が故障した場合、すべての制御機器が停止するリスクがある。またコンピュータ本体と、センサや制御機器との間の通信方式がメーカー独自の仕様で、指定のセンサや機器しか接続できず、結果として高コストになるといった問題もある。

日本の自然環境との相性、高コストといったこともあり、普及率は国内にあるハウス全体の施設面積に対して2%未満にすぎない。星教授は「日本の農業を元気づけるためにも、日本の状況に合わせた、中小企業や一般農家でも導入できる低価格な環境制御システムは不可欠だ」と指摘する。

小さな頭脳によるネットワーク

星教授が開発したのが「ユビキタス環境制御システム(UECS=ウエックス)」。ユビキタスとは「いつでも、どこにでも存在する」という意味だ。2006年に農林水産省の補助を受け、研究機関やメーカーと開発を進めてきた。制御機器に小型のマイコン・ボード(電子基板)を組み込み、それぞれが互いに通信し合いながら作動する「自律分散型」で、暖房機や養液給液機など個々の機器が「小さな頭脳」を持ち、各頭脳はネットワークでつながる。

機器一つひとつが独立しているためリスクは分散され、湿度計が故障すると、つられてヒーターも動かなくなるといった事態も避けられる。ネットワーク(LAN)はインターネットと共通規格なので、ネットワークカメラやPCを簡単に接続できる。通信規格が標準化されているので、どのメーカーの機種でも接続が可能で、ユーザーは最もコストの低い機器を選択できるし、必要な機能を後づけするといった段階的な設備投資も可能になる。それぞれの制御機器に組み込まれるマイコン・ボードも、量産効果によって低コストが実現する。つまり導入農家が増えれば増えるほど、低価格の環境制御システムになるということだ。「近い将来、量産時に従来システムの半分程度の資金で導入できる」と試算している。

しかも「ウエックス」は、携帯ゲーム機などの端末1台で機器の監視・設定が可能だ。プレイステーション・ポータブル(PSP)」のような無線LAN端末で、暖房機、天窓、カーテン、培養液給液などを操作できる。つまり温室ハウスでの生産をPSP1台で、しかも1人で行う――そうしたことが現実に可能なのだ。「農業従事者の高齢化と後継者不足は深刻。日本の農業はグローバル化の中で、土地利用にしても生産方式にしても大変革を余儀なくされる。露地栽培を除く生産の現場で、大変革を支えるのはこうしたシステムのはず」と星教授は語る。

環境制御システム5年後には20%に

現在、高度に情報化された環境制御システムを導入している生産施設は2%足らず。だが今後、日本農業が抱える問題からすれば、「環境制御システムの普及率は、5年後には10倍の20%になりうる可能性がある」と星教授は推測する。「ウエックス」の導入は今のところ、国内の10の農業法人やメーカーなどにとどまっているが、各種展示会などでの関心は高く、変革が迫られる農業にとって救世主となるかもしれない。導入が増えれば、植物生育のために有用な各種データの蓄積も進み、情報交換もできる。メリットは計り知れないといっていいはずだ。

 
(写真)「ウエックス」は大規模なハウスでも、携帯ゲーム機1つで監視・操作できる=イメージ画像