Column:本棚の一冊
2013年8月1日号
『ミュータント・メッセージ』


心を動かすアボリジニの言葉
経営学部観光ビジネス学科 小林寛子 教授



本の中に出てくる赤い埃(ほこり)っぽい大地をひたすら沈黙して歩くウオークアバウトの光景が、私の見たあのアウトバック(内陸部の砂漠地帯)の景色とだぶる。オーストラリアに住み始めて最初の年に北部のノーザンテリトリーを一人で旅した。そこで初めて先住民アボリジニと出会った私は、すっかり彼らのとりことなった。厳しい砂漠の大地で独自の文化を守り何万年も生活してきた彼らの、自然と一体となった暮らしや口承文化をもっと知りたいと思った。
 
この本との出会いは、アボリジニの自然とのかかわり方に深く興味を抱いていた私にとって、まさに画期的な出来事だった。事実や体験に基づいて書かれているフィクションで、アメリカ人女性がふとしたことから、アボリジニの部族とアウトバックを歩く旅に出る。その中で体験する現代の生活からかけ離れたさまざまな出来事を通じて、忘れていた大事なことに少しずつ気づかされていく。そんな主人公と一緒に砂漠を旅し、自分もアボリジニの言葉に何度も心を動かされた。
 
「自分を批判せず許すこと、過去から教わることを学ばなければならない。すべてを受け入れ、正直になり、自分を愛することがどんなに大切か彼らは示してくれた。そうすれば人に対しても同じように出来るからだ。」この本を通じ、頑張ってきた自分を受け入れ、できることもできないことも今の自分として素直に受け入れること、あふれすぎた情報の中で己を見失うことなく本質は何か、大事なことは何かを考えるきっかけになった。
 
究極のエコロジストとして、大地からの恵みを必要な分だけいただき、決して採り尽くさない、自然と一体となった生活の知恵は、文明社会の中で便利さを追求するあまり、失ってしまったもの、それと引き換えに数々の不安や恐怖を抱えて生きている私たちミュータント(突然変異体)へのメッセージ(警鐘)となっている。
 
世界中で起きているさまざまな天災、戦争、貧困、環境破壊といった大きな問題に対しても彼らの声が遠くから聞こえてくるようだ。「彼らが願う自らの行為と価値観をじっくり観察し、手遅れになる前にすべての生命がひとつであることを学ぶよう祈ります。なにかを変えるのは今しかないと気づくミュータントがたくさんいることを祈ります。」

『ミュータント・メッセージ』
マルロ・モーガン著
小沢瑞穂訳
(角川文庫)

 
こばやし・ひろこ 1956年東京都生まれ。昭和女子大学文学部卒業。86年から昨年までオーストラリア・ブリスベン在住。著書に『エコツーリズムってなに?〜フレーザー島からはじまった挑戦〜』(河出書房新社)など