Column:本棚の一冊
2013年9月1日号
『キャプテン孫七航海記』


伝説の船長から学ぶ
農学部応用植物科学科 村田浩平 准教授



孫(まご)さんと慕われた船長がいた。漁師のような分厚い手。東北弁丸出しで飾らない。勉強を重ねて船長の資格を取った。気象観測船で生き抜いた太平洋戦争。艦載機の機銃掃射で人が花火のように飛び散り、爆雷が真下で爆発、船体が飛び上がる。戦いの中、貴重な観測記録も残された。

望星丸の乗組員は皆、孫さんのお弟子さん。東海大学が船長として、孫さんこと佐藤孫七さんを迎えたからだ。船長時代、燃える船から人命救助、無人島から遭難者救出。悲惨な戦争を乗り越えた彼には当たり前なのかもしれない。でも、船霊様を祭った神棚に毎朝必ず手を合わせていたそうだ。困難に立ち向かい成し遂げる技術と自信。でも祈る。惑うばかりの私だが、祈りの大切さは最近少しわかるような気がしている。不思議で奇妙な、美しすぎる現象に遭遇する科学の現場は、毎日が感謝なのだから。

筆者は、孫さんを偉人としては描いていない? 努力をすることの大切さを伝えたいのか? 人間としての温かさを忘れてはいつの時代も生きていけないというメッセージを織り込んでいるのか? 義理と人情は永遠か? 瞬時に情報が行き交う今の時代、若者たちに孫さんの心意気をどう伝えたらよいか? 筆者はそういった疑問の答えになりそうな、船乗りにしかわからない心内にも言及している。豪快な人もいるだろうが、実は彼らは家族のことばかり考えている優しく武骨な人たちなのだ、と。

人生、やっぱりやせ我慢なのか? 余談だが、海外研修航海で船に慣れず彼らに聞いたことがある。「船乗りはどうして船に酔わないのですか?」「酔うに決まってんじゃねぇか。酔わねぇのは総長くらいだ」。松前達郎総長、皆が驚くほど船にお強いらしい。本書の序文は総長が執筆されている。

この物語、筆者の詳細な取材と文章が光る。リズミカルであるが暴れず、力強いがどこか優しい。結局、偉人伝ではなく、人生というドラマの主人公は自分自身だ、不器用でも一生懸命であればよいと気づかせてくれる。そこが私は好きだ。忙しい今の時代、若者たちには他人の人生なんて気にも留めない、共感もない、そんな育ち方だけはしてほしくない。私たちは、孫さんが遺してくれた何かをしっかり受け止め、大学を創り上げた方々の人生に共感する才能を持ち、力強く歩んでいきたいものだ。

『キャプテン孫七航海記』
本田節子著
(東海大学出版会)

 
むらた・こうへい 1966年大阪府生まれ。九州東海大学大学院博士課程後期修了。専門は昆虫学、保全生物学。