Column:Point Of View
2013年9月1日号
朋友との再会
国際文化学部デザイン文化学科 藤森 修 准教授

「大きく雑誌に載ったからこの家、高く売れるよ」とフランクは冗談を言い残し、席を立ちコーヒーを入れにキッチンに向かった。再び静寂を迎える。薄暗い室内ではたゆたうキャンドルが僕の心根に安らぎを与えようとしていた。デンマークに行くたびに再訪する彼の自邸だが、いまだに設計者としての反省点も多く、どこに目を当てても落ち着くことができない。ゆったりとした幅の、長い廊下が階調的に薄暗く変化している。僕はその先の闇に目を向けながら不意に感傷に委ねた。

25年前、大学1年の夏季休暇中に同級生の友が交通事故にあった。大学は大慌てで車イスの彼のために善処したが、二度と立つことのできない重心の低い後ろ姿には精彩が欠けていた。僕は戸惑いを彼の前で隠しきる自信が持てずに、自分を責めとがめていたと思う。社会経験を積む中で30歳を迎えたころ、東京を逃げ出したい感情が鬱積していた。福祉大国で建築を学びたいと彼に相談したとき「北欧への留学」は、僕の苦衷に被せた「仮面」だということを見透かしたうえで慰めてくれた。久しく再会に恵まれていない。確か今は長崎にいるはずだ。

デンマークの住宅地は建築ルールが厳しかった。自由に見える住環境の気風は、厳格な規則のもとでコントロールされ演出されていた。僕は自作を実現させようと模型と図面を握りしめ、地域の建築主事のもとに通った。担当者の食指が僕の図面を散歩し廊下にさしかかるとき、目を細め言った。「この廊下の幅は十分ではない。ここに住むご家族に将来車イスのお友達ができても、これでは招くことができない。その大切な友人は疎外されていいのか」と。 この国では、家は、そこに住む人だけのものではなかった。

かすかな西日が車イスの車輪に弾ける。気づくと彼は廊下の突き当たりの薄暗い闇の中にいた。憂いを含んだ鋭い眼光で僕を捉え、「やあ藤森、久しぶりだな」と言い残して消えていった。遠方のロマネスク教会の鐘が色めく。漂うコーヒーの香りが僕を現実に引き戻した。大振りな木製の扉に耳を傾けながら、この家は今も静謐に、将来の友を待ち続けている。

(筆者は毎号交代します)