Column:本棚の一冊
2011年1月1日号
『チボー家の人々』


西洋文化への扉を開いた本
総合経営学部マネジメント学科 高田修平教授



私が高校3年時に読んで感銘を受けた『チボー家の人々』というフランスの小説を紹介します。分厚い5巻の翻訳小説で、毎日少しずつ読んで数カ月で読破したことを覚えています。私が少年時代を過ごした家はまだ残されていますが、今実家に帰って埃だらけの本棚からその本を見つけるのは容易ではないと思います。しかしこの本を思い出すたびに、当時の自分の姿が生き生きとよみがえってきます。

それは20世紀前後のフランス社会を描いたリアリズムの極致のような小説で、事実を克明に描く手法には文学研究の対象となる実験的技法などは何もありません。『チボー家の人々』からなぜあのような感銘を受けたのだろうと、よく考えます。時代が変わった今の高校生や大学生がそれを読んで同じような感銘を受けるかどうか私には分かりませんが、この本は私が高校生活を送った1960年代後半に愛読されたいわば青春のバイブルのようなものでした。

私はおそらくこの本の影響で大学の仏文科に進学し、その後専攻を変えてアメリカ文学の研究を始め、アメリカの大学院で英米文学を学んだ後、東海大学に赴任しました。今はむしろアメリカ文学を生んだ土壌としてのアメリカ社会や文化を研究しています。このように私は研究対象を何度か変更してきましたが、長い研究生活の根にあるのは、合理主義や個人主義の伝統に彩られた「西洋」という、日本とは異質な文明圏の持つ魅力ではないかと思います。その意味でこの本は、私の人生を方向づけてしまった一冊かもしれません。

私が皆さんにお薦めしたいのは、今後の人生を大きく変えるような一冊との出合いです。外国文学を専攻してから研究のために没頭して読んだ本はいくつもありますが、私の人生を変えた一冊(厳密に言えば5冊)が『チボー家の人々』であるのは、研究対象の本よりもっと深いところで私の心を揺さぶったからだと思います。それはまさに西洋文化の扉を開き、その本によってもたらされた何かが今でも私の好奇心をくすぐり続けています。皆さんもぜひそのような本との出合いを体験して下さい。人生で大切なのは未知なものへのあこがれや好奇心だと思います。

『チボー家の人々』
ロジェ・マルタン・デュ・ガール著(白水社)

 
たかだ・しゅうへい 1951年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業(サンフランシスコ・カリフォルニア州立大大学院修了・英米文学専攻MA)。専門はアメリカ現代小説、アメリカ文化。著書に『アメリカ作家の理想と現実』(開文社出版)などがある。