Column:知の架け橋
2013年10月1日号
「健康・スポーツを語る」
体育学部スポーツ・レジャーマネジメント学科
大津克哉 講師

スポーツによる教育と平和の推進を
未来への遺産として五輪を考える


東京に56年ぶりにオリンピックがやってきます。国際オリンピック委員会(IOC)は9月7日、ブエノスアイレスで開催された第125次総会で、2020年夏季五輪開催地に東京を選びました。私はオリンピック・ムーブメントの普及を推進する日本オリンピック・アカデミーの理事の一人として、会場で決定の瞬間を待っていました。

東京(東北復興、低予算でハイテクと伝統を融合)・イスタンブール(イスラム圏初の開催と中東和平の推進力)・マドリード(既存施設の多さをアピール)の3都市は、横一線で投票の行方も流動的でした。IOCのジャック・ロゲ会長による発表までは、緊張感が会場を覆っていました。

くしくも、16年招致に敗れた第2回目投票での「三つ巴」状況を想起させます(シカゴ落選の後、東京、リオデジャネイロ、マドリード)。さらにイスタンブールがリオと類似の条件と強み(狄袈醜〞パワー、地域・文化代表性など)を有することを勘案すると、競争の構図が似通っていました。

ロンドン五輪以降、IOCは五輪未踏の地を開催地として選んでおり、東京がいかに手堅い準備を行い、堅実な計画を示せるかがポイントでした。しかし、招致レースの最終局面で待ち受けていたのは汚染水問題でした。東京電力福島第1原発の汚染水漏れへの懸念が膨らむ中、総会では安倍晋三首相が政府として責任を持って対処することを約束、IOC委員の不安を払拭し、懸念を抑えました。

その一方で、原発の事故処理の見通しが立たない現状にもかかわらず、五輪開催の経済波及効果ばかりが注視されることへの批判もあります。被災地の方々に配慮のない、まるで中央さえよければ、と捉えられても仕方のない発言も見受けられました。

7年後のメガイベントの準備に明け暮れるあまり、真剣に議論をしなければならない多様な課題を放置してしまったように受け取られても仕方ありません。「安心・安全・確実に」と説明し、世界に向けた約束を取りつけました。これは全世界に向けて発信した重い国際公約で、その義務は果たさねばなりません。日本では1964年、72年(札幌)、98年(長野)に続き4度目の五輪開催となります。64年の東京五輪には「アジアで初の開催」「戦後からの復興」という強烈なメッセージがあり、高度経済成長期に国民が一丸となって“真面目”に取り組んだ大会でした。次の東京五輪は、都市も社会も成熟期を迎え、“ゆとり”のあるオリンピックとなります。

オリンピックは単に景気刺激の手段ではなく、近代オリンピックの創始者クーベルタンの思想(オリンピズム)に基づき、スポーツを通じた教育と平和の運動が推進される場です。開催までの7年間は、オリンピズムを普及させるための多様な活動について国民が学ぶ機会になります。「スポーツで教育することによる世界規模での教育改革」を目指したクーベルタンの教育的ビジョンは、2020年に向けた「国民の教養」という無形のレガシー(遺産)として継承されていきます。あらためて長期的な展望を欠いた短期志向の戦略展開ではなく、大会後も関心を持続させる方策を考えておく必要があるでしょう。

 
(写真)東京五輪開催が決定した瞬間。IOCのジャック・ロゲ会長が「TOKYO 2020」のカードを開いた(筆者撮影)


おおつ・かつや 1975年東京都生まれ。東海大学大学院体育学研究科体育学専攻修了。専門は、体育・スポーツ哲学、スポーツ教育学、オリンピック、テニス。日本体育学会、日本体育・スポーツ哲学会、日本スポーツ教育学会などに所属。