Column:本棚の一冊
2013年10月1日号
『ジャッカルの日』


「プロフェッショナリズム」との出会い
医学部医学科内科学系 川田浩志 准教授



医師になるためには、国家試験を突破しなければならない。医学部最後の1年はほとんど受験勉強に費やすわけだが、朝から晩まで毎日勉強を続けるのは大変だ。「どうしても手につかない日がままある」という悩みは、痛いほどわかる。25年前の私も同じつらさを共有していた。なぜ、実り多いであろう人生のこの時期に、昼夜を問わず机に向かわなければならないのか。悶々としながら勉強を続けていたある日、たまたま手にした一冊が、私の考えと行動を変えた。英国の作家が著した『ジャッカルの日』というフィクション小説である。

ジャッカルというコードネームの男が、フランス大統領を暗殺しようと念入りにプランを練り、用意周到に準備を進めていく手に汗握るストーリー。暗殺は間一髪で敏腕警視に阻止されて失敗に終わるが、私はこの架空の暗殺者から多大な影響を受けた。もちろん暗殺者に憧れたわけではない。どこで実行するかを決めるため半月も隠れ家に籠もり、大統領に関する書物を読みあさって徹底的に検討して絞り込む。そこから1カ月以上かけて実行の準備をする。何かを成し遂げるために淡々と、しかもとことん準備するプロフェッショナリズムに深い感銘を受けたのだ。

言いようのない読後感の中、つけ放してあったテレビには、当時連勝を続けていたあるプロボクサーが映っていた。この人も栄光を手に入れるために、きっと独り黙々と自分を磨き込んできたのに違いない。プロとして。この瞬間、私は「この1年間は受験のプロになろう!」と思い立った。どうせ勉強漬けの日々を送るのなら、プロとして高得点を取るテクニックを磨いてみようと決めたのだ。

当時は勉強のテクニック本があまりなかったので、自分でいろいろ工夫した。すると勉強が能動的になり、やがて楽しむようにさえなったのだから若さとは素晴らしい。国家試験にも以前ほどプレッシャーを感じなくなっていた。その後、多くの専門医試験の際も同様だった。

25年後の現在、医学部で医師国家試験対策委員長を務めているのは、もしかしたらあの瞬間に端を発しているのかもしれない。本気で取り組めば、どんなことにも日々の充実につながる可能性が秘められている。そう気づかせてくれた一冊との出会いだった。

『ジャッカルの日』
フレデリック・フォーサイス著
(角川文庫)

 
かわだ・ひろし 1965年生まれ。東海大学大学院医学研究科内科学系修了。医学博士。専門は血液・腫瘍内科学、アンチエイジング医学。著書に『見た目が若いと長生きする』(筑摩書房)など。