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特集

2013/11/01
研究室おじゃまします!
各分野の最先端で活躍する東海大学の先生方の研究内容をはじめ、研究者の道を志したきっかけや私生活まで、その素顔を紹介します。

法や看護現場の“ことば”を考える

会話の流れを分析して そのメカニズムを探る
法学部法律学科 北村隆憲 教授

私たちが日ごろ、何げなく他人と交わしている「会話」。でも、それを詳細に分析してみると、精巧なメカニズムが見えてくるとしたら……。法や看護の現場におけるコミュニケーション研究に取り組んでいる、法学部の北村隆憲教授の研究室を訪ねた。

法と社会・文化との関連性を、社会科学の方法論を使って研究する「法社会学」が専門の北村教授。法廷尋問や法律相談、裁判員裁判での評議といった〝法と会話〞を筆頭に、航空管制や老人看護の現場など、特殊な社会制度におけるコミュニケーションの研究に取り組んでいる。
 

これらの研究をするのに用いているのが、エスノメソドロジーと会話分析という2つの方法論。エスノメソドロジーは「エスノ=人々の」「メソドロジー=方法論」を意味する2つの単語を合わせた造語で、文字どおり「人々のやり方についての研究」。社会秩序や人々の行為の意味が、日常生活の常識的な合理性に依拠することを究明しようとするものだ。
 
一方の会話分析は、録画・録音した会話を詳細にトランスクリプト(逐語記録)することで、人々の会話や行為の流れを文脈に即して分析する技術。「たとえば、私たちが普段交わしている日常会話では、1回の機会に1人が発言し、発言機会がスムーズに交替していきます。でも、どうやって私たちはそれを行っているのか? あまりにも当たり前すぎて意識的に語れないようなことに潜む秩序やルールを発見することで、より良いコミュニケーションへのヒントが見つかるのです」

数と質の両方から掘り下げる
北村教授は研究の一環として、健康科学部看護学科の深谷安子教授らとともに約10年前から、老人看護の現場における看護師・患者間コミュニケーションの研究を進めている。
 
具体的には、老人介護施設などに入所している患者の1日の会話を録音し、それを聴き直しながらトランスクリプトを作成。看護師と高齢者の会話を、医療・看護作業上の説明・指示にかかわる「タイプⅠコミュニケーション」と、《息子が昨日来てくれてね……》といった社会生活的な会話の「タイプⅡコミュニケーション」の2つに抽出・分類することで、老人介護の現場における会話と行為の流れを、数量的と質的の両方を使って掘り下げている。

会話を見直すことで生活の質を上げる
この研究でわかってきたのが、看護師が患者の言葉に相槌や同意をするだけでなく、むしろ非同意したり、老人が語り手となるトピックを示唆したりするとタイプⅡの会話が増えるということ。具体的データに則して明らかになったことにより、今後はタイプⅡの会話を増やすための看護師向けの教育プログラム作りにも取りかかる計画だ。
 
そこで必要になるのが、その成果を測るための〝ものさし〞。研究グループでは2013年度「東海大学連合後援会の研究助成」の採択を受け、高齢者コミュニケーションの量と質を測る〝ものさし〞(尺度)の役割を果たす患者向け調査票の開発に着手している。

「1日の内、高齢者は数分しか話しません。とはいえ、看護師や患者さんに『会話が少ないよね。もっと話して』と言っただけでは駄目。最終的にはタイプⅡの会話を増やしていくことで、患者さんの生活の質を上げることを目指しています」

(イラスト)会話分析におけるトランスクリプト(逐語記録)は、発話の重なりや沈黙の秒数、声の強調や語尾の上がり下がりなどを専用の記号を用いて詳細に記録していく。そのため、録音から一字一句を単純に文字にする以上の時間と労力が必要。老人介護施設の患者の場合は1人約8時間、50~60人分の会話をトランスクリプトするというのだから、想像するだけで気が遠くなる。
 


focus
法律の専門家であると同時に
“ことばの専門家”であってほしい



「法や裁判は語られたり書かれたりした〝ことば〞を用いたコミュニケーションを駆使して成り立っている。だからこそ法律家は法律の専門家であると同時に、コミュニケーションに関して繊細で豊かな感受性を備えた〝ことばの専門家〞であってほしい」と語る。
 
弁護士になろうと法学部に進んだが、そこで痛感したのは「もっと人間を深く見たい」という自身の欲求だ。そこで、哲学や人間の行動思考などと法学を結びつける学問はないかと考えた北村教授。「法と○○」の空白部分を埋めるものを探そうと大学図書館に行き、法の頭文字「H」の図書カードを何日もかけてくまなく調べたそうだ。
 
「その結果、法人類学、法社会学という学問に出会うことができました。今の学生なら、パソコンでパッパッと検索でしょうが、身体と心とがスローに深く働くアナログ作業もいいですよ」インターネットの発達している現代では、それを使いこなす技術も大切。「でも、デジタルの世界に現実を突き合わせる想像力も必要」と語る。
 
きたむら・たかのり  1957年東京都生まれ。早稲田大学法学部卒業。都立大学大学院修了(法社会学専攻)。英国国立ケント大学留学を経て、1991年から東海大学。著書に『非西欧の法文化』(仏語)、訳書に『患者参加の質的研究―会話分析からみた医療現場のコミュニケーション』『法廷における現実の構築─物語としての裁判』など。
Key Word 連合後援会研究助成
在学生の保護者組織である連合後援会の研究助成は、保護者による大学の教育・研究を支援する活動の一環として2004年に始まった。「環境」をキーワードにした研究が対象で、助成期間は3年間。

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