Column:本棚の一冊
2010年4月1日号
『楽園の泉』


夢物語に出会う読書
理学部基礎教育研究室 佐藤実講師



本を読んでいますか? 大学生になって最初の夏休み、高校の恩師に聞かれたひとことです。ドキン、としました。

そのころの私は、目標を見失い、心のゆとりをなくしていました。それまでは分野にこだわらず、むさぼるように本を読んでいたのに、教科書以外は手に取らなくなっていたのです。見透かされた気がしました。高校生のとき、私がニュートンの『プリンキピア』で書いた読書感想文を、無謀にもコンテストに応募したのが、当時クラス担任だった恩師でした(しかも驚いたことに、賞をいただいてしまいました)。本を読めよ、世界は広いぞ、と背中を押された気がしました。

『楽園の泉』は、地球と宇宙を結ぶエレベーターの建造という夢の実現を目指す科学者の姿を描いた小説です。再び本の虫に戻り、相変わらず目標は定まらないものの、心のゆとりは取り戻した時期に読んだ本です。「宇宙エレベーター」(または軌道エレベーター)とは、地球の自転と同じ周期で地球を周回する静止軌道から、バランスを保ったまま上下にケーブルを延ばせば、地表と宇宙を結ぶエレベーターができるのではないか、というアイデアです。ロケットで暴力的に宇宙に飛び出すのではなく、静かに昇っていくというエレガントな雰囲気にひかれました。

しかし原理的には可能でも、十万キロメートルにもなるケーブルの自重を支えるだけの強度がある材料がありません。実現不可能な夢物語といわれてきました。ところが二十世紀末にカーボンナノチューブが発見されると、風向きが変わり始めました。まだ実現不可能ではあるものの、宇宙エレベーターの建造を真剣に考える人たちが増え、世界中で宇宙エレベーター関連の団体ができ始めました。日本でも2008年に日本宇宙エレベーター協会が発足しています。

『楽園の泉』を書いたクラークは、宇宙エレベーターについて「みんながありえないことだと笑うのをやめて取り組めば、その50年後には完成するだろう」(『宇宙で暮らす道具学』より)と語ったそうです。本を読まなければ、夢物語に出会うことはありません。夢物語に出会わなければ、それを実現するために努力する機会もありません。あなたは、本を読んでいますか?

『楽園の泉』
アーサー・C・クラーク著、山高昭訳(早川書房)

 
さとう・みのる 北海道生まれ。東海大学大学院理学研究科物理学専攻修了。専門は物理教育・科学映像教材。著書に『マンガでわかる微分方程式』など。