Column:本棚の一冊
2010年5月1日号
『The Oxford Anthology of English Literature, VOLUME I, II』


英語の「無限」と出会った本
高輪教養教育センター 中山千佐子准教授



中学のころから英語が好きだった。26文字のアルファベットが意味をなす言葉になる不思議さに魅了されて、本を読むのも大好きで、大学は迷わず英文科を選んだ。3年になって入ったゼミの教科書に指定されていたのが、『The Oxford Anthology of English Literature 』である。

ゼミの初日、教室に積み上げられた教科書を見て、私も仲間も言葉を失った。教科書とはとても信じ難い厚くて重いハードカバー、しかも2冊セットなのである。それもそのはず、anthologyとは「選集」という意味で、中世から20世紀に至る膨大な量の英文学の主立った作品を解説つきで網羅している壮大なテキストなのであった。第1巻は中世、第2巻は1800年から現代までで、ページ数はどちらも2000ページ超。ふと思いついて、いま重さを量ってみたら、なんと2冊で3・9キロもあった。

初めてこの本のページを開いたとき、その中に無限に広がる世界に圧倒された。なんとまあ英文学の世界は広くて深いものかと、こんな本を所有することが何か誇らしかった。卒業後、英文学とは無縁となり、その後思いがけずアメリカの大学院で教育学を学ぶことになったが、ショックだったのは、得意なはずの英語が最初のうちはほとんど役に立たなかったことだった。シェークスピアもジョイスも読めたのに、話すことには慣れていなくて、クラスメイトのディスカッションの輪に飛び込むことができなかった。一言も話せず、悔しくてあふれ出る涙をこらえながら夜の道を歩いて大学から帰宅すると、本棚でこの2冊の本が悠然とたたずんで私を待っていた。

実はゼミに入ってからはイギリス文学にあまり興味が持てず、結局、読み込むことはなかった。それでも、「いつか開くかも」との思いで転居のたびに生き残り、この2冊の本はずっと私と共にいる。本棚のこの本を眺めると(気軽に「手に取る」には重すぎる本だから)、友人たちの笑顔、銀杏の葉の色や風の匂い、古びた教室の木の机の手触り、キャンパスの風景がくっきりとよみがえる。あのころの私にもし出会うことができたなら、さて、私は彼女に何と声をかけようか。

『The Oxford Anthology of English Literature, VOLUME I, II』
FRANKKERMODE・JOHN HOLLANDER編集(Oxford University Press)

 
なかやま・ちさこ 東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、ニューヨーク大学教育学部大学院(英語教育学)修了。2008年度から高輪校舎(情報通信学部)で英語科目を担当。共著に『Q&A 英語の疑問相談室』(東京堂出版)がある。