Column:本棚の一冊
2014年8月1日号
『落日然ゆ』


過去を知り、現在に向き合う
体育学部体育学科 山田 洋 教授



東京裁判で絞首刑を宣告された7人のA級戦犯のうち、ただ一人の文官であった元総理、外相広田弘毅。戦争防止に努めながら、その努力に水をさし続けた軍人たちとともに処刑されるという運命に直面させられた広田の生涯を、激動の昭和史と重ねながら抑制した筆致で克明にたどっている。(「あとがき」より)

主人公の広田弘毅は無欲な性格であり、「自ら計らわぬ」生き方に徹した人物であった。福岡市の石屋の長男が一高、東京帝大を卒業し外交官になる。平和な時代、閑職についても悠々とわが役割を果たす彼の生きざまに、私は共感を覚える。彼の駐ソ大使時代に満州事変、五・一五事件、国際連盟脱退が起こり、自ら計らわぬ広田が外交による事態の収拾を担わされていく。その後二・二六事件を経て首相・外相を務めたが、複雑に絡み合った抵抗勢力に立ち向かいながらも、次第に泥沼の戦争にのめり込んでいく。最後の三章は敗戦後の「東京裁判」についてであるが、この内幕と広田の揺るがぬ姿勢、「自ら計らわぬ」潔さは見事としかいいようがない。

公人としての広田はほとんど感情の起伏を見せないが、彼は非常に人間性も豊かな愛情深い人物であり、妻子を深く愛した。涙を誘う獄中からの手紙のやりとりなど、城山氏の人間物語の描写も素晴らしい点が『落日燃ゆ』が広く支持されるもう一つの理由であろう。

私は子どものころから社会(地理や歴史)が好きだった。父親が歴史好きで家の本棚に写真集や書籍があり、子ども心に手にとってよく眺めたのを今も覚えている。映画もよく見た。怖い思い出もあるが、ひきつけられ必死で見ていたような気がする。これらの経験が、今も歴史物が面白いと感じるバックグラウンドである。

現在は21世紀。昭和から平成になり、時代・世の中も急激に変わってきている。中高生のスマホ利用時間は平均1日およそ2時間40分らしい。テクノロジーは進化して、平和になったのかもしれない。その一方で、世界では紛争が絶えない。日本においても「集団的自衛権」などというキーワードが世の中を騒がせており、全く対岸の火事ではない。自分自身も戦争を知らない世代であるが、大学生にはぜひ一度、この一冊をじっくり時間をかけて読んでもらいたい。


『落日然ゆ』
城山三郎著
(新潮文庫)

 
やまだ・ひろし 1968年静岡県生まれ。静岡大学教育学部卒業。筑波大学大学院博士課程満期退学。博士(体育科学)。専門はスポーツバイオメカニクス・運動生理学。著書『歩行の進化と老化』(てらぺいあ)などがある。