Column:Point Of View
2014年10月1日号
蚊と向き合う
理学部化学科 関根嘉香 教授

この夏、東京都内の公園で蚊に刺された人が、熱帯病・デング熱に侵された。デングウイルスを保有する蚊がなぜ都内の公園に現れたのか。地球温暖化や輸送手段の高度化が原因として考えられるが、「蚊に刺された程度」と甘く見てはいけない時代が来たのかもしれない。

蚊の幼虫をボウフラという。子どものころ、庭に置いた水槽にボウフラがわいたので、金魚に食べさせてみた。初めはパクパク食べてくれたが、次第に形勢が逆転し、最後はボウフラ軍団が金魚を駆逐してしまった。この生命力の強さに、紅顔の美少年とうたわれた筆者は強い衝撃を受け、それ以来、蚊(ボウフラ)に少なからず恐怖心を抱くようになった。蚊は、怖いのである。

しかしニュース映像を見て、もっと怖いと感じたことがある。都民の憩いの場である公園は封鎖され、植栽の隅々にまで大量のピレスロイド系殺虫剤が散布された。ピレスロイドは、除虫菊というキク科植物に含まれる化学成分で、殺虫性、蚊が嫌がって逃げる作用などにより、蚊取線香の有効成分としても広く使われている。蚊の退治を目的とする場合、かなり有力なツールである。しかし、おそらくわずか数十匹の蚊のために、どれほど多くの虫たちが生命を奪われただろうか。また、大量に散布された殺虫剤にさらされた人たちの健康は大丈夫だろうか。

私たちはここ数十年の間に、化学物質による生態系の破壊、ヒトへの健康被害という教訓を通じて、化学物質の利便性(ベネフィット)と危険性(リスク)の両面を学んできた。化学物質とは、危険性を最小限に、利便性は最大限にしながらうまく付き合っていくことが大切だ。デング熱への緊急対策が必要であることは言うまでもない。しかし「緊急」の名のもとに一点の目的に執着し、かたわらに潜む悪影響への配慮を忘れてはならない。

最近、ピレスロイド系殺虫剤に耐性を持つ蚊が出現している。既存の殺虫剤が効かないのだ。ここに生物多様性の底力を感じる。一方、世界情勢に目を転じると、意見の合わない一部の集団を強い力で排除しようとする言動が見受けられる。まるで、都内公園でのデング熱対策のようだ。排除だけでは「恐怖からの自由」は獲得できないのである。

(筆者は毎号交代します)