Column:本棚の一冊
2014年10月1日号
『愛の試み』


自分の孤独を鍛えよう
情報通信学部通信ネットワーク工学科 石井啓之 教授



今回紹介する一冊は、学生諸君に勧める本としては不真面目な印象を与えるかもしれません。しかし、私が青春時代に非常に大きな影響を受けた本であり、皆さんに一度読んでほしいものです。

著者の福永武彦は20世紀の中盤を生きた小説家で、代表作に『草の花』『廃市』『死の島』などがあります。その中で私が最も愛読したのは『草の花』なのですが、その背骨を構成しているといえる愛と孤独について、より鮮明に福永の思想を述べた随筆が『愛の試み』です。本書は、福永の愛と孤独に対する深い洞察と、それを象徴するいくつかの寓話で構成されています。

人間は孤独の中に生まれ、そして孤独のうちに死んでゆきます。その人間をある意味支えていくのが愛でしょう。しかし、愛はもたれ合うこととは違います。自分自身の孤独をしっかり見据え、福永の言葉を借りれば脆弱なる孤独を鍛えることがまず必要です。寂しいから人を求めるというのはよくあることですが、それだけでは自分の孤独から逃げようとするものでしかなく、自分が愛していると思っている相手に本当の愛を与えているとはいえません。癒やしてもらおう、なぐさめてもらおうとしているだけのものです。

福永は、自分もそして相手も深い孤独を抱いているということを出発点に、孤独を癒やしではなく互いに認識し合うことが本当の愛だと訴えています。

孤独は悪いことではありません。昨今、ぼっち、コミュニケーション障害など、一人でいること、人とかかわらないことを問題にする風潮があります。しかし私は、それを自分と対峙し、自らの孤独をしっかり鍛え認識するよいチャンスだと考えています。

寂しさは、ほかの誰かによって癒やされるものではなく、自らの孤独をしっかり認識し、相手も同じように深い孤独を抱えているかもしれない、と考えられる想像力によって怖いものではなくなると思います。

どうかうわべだけでなく、単なる快楽の追求ではなく、しっかりと自分の孤独を鍛え、相手の孤独をも認識したうえで、心から人を愛してほしいと願っています。

『愛の試み』
福永武彦著
新潮文庫

 
いしい・ひろし 1954年奈良県生まれ。大阪大学大学院工学研究科通信工学専攻修了。博士(工学)。NTT研究所を経て2003年より東海大学。専門は通信ネットワーク工学。著書に『B―ISDNの基盤技術』など。