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コラム

2010/09/01
文系・理系の枠にとらわれず、先生方の専門分野や活動から共通テーマについて考察。文理融合の精神が生きる東海大学の教育・研究を発信します
(Back Number掲載中)

「環境問題を語る」⑥

文学部アジア文明学科 杉山文彦 教授

砂漠と里山、人と自然
我々次第で豊かな風景は戻る



中華人民共和国内モンゴル自治区にオルドスと呼ばれる地方がある。昔は一面の草原であったが、今は砂漠化が著しい。この砂漠はクブチ砂漠といわれ、日本に一番近い砂漠であり、春先の黄砂はここから飛来すると思われる。この周辺で日本のNPO団体が、砂漠を草原に戻す活動を行っている。私が数年前から参加している「地球緑化クラブ」もその一つだ。やってみると、もともと草原だったところは、最初だけ人が手を貸してやれば、自然に草原に戻ることが良く分かる。

昔は草原だったといっても、全く手つかずの自然だったわけではない。そこは牧民たちが1000年以上にわたり家畜を放牧してきた土地であった。しかし、その間ひどい砂漠化は見られなかった。この地域の砂漠化は近代特有の現象で、一番大きな原因は市場経済化である。市場経済が未発達な時代、人々は羊、山羊、牛、ラクダなど多種類の家畜を飼い、草原を多面的に利用して、生活に必要な物を基本的に草原から手に入れてきた。こうして持続可能な草原利用のシステムが成り立っていた。だが、市場経済化が根底から変えてしまった。市場経済では生活に必要な物は市場で手に入る。しかし、そのためには現金が必要である。そうして草原は現金獲得のためだけに利用されるようになり、カシミヤ山羊の過放牧が起きた。今、草原で最も現金が得られる産物はカシミヤ山羊の毛である。しかし、山羊は草を根こそぎ食べて草原を丸裸にする。裸になった土地に風が吹くと、砂が動いて砂丘が出現する。こうして草原は砂丘になってしまった。砂漠化は草原への人のかかわり方が変わったことによって、引き起こされたのである。

同じようなことが日本でも起こっている。里山の荒廃である。私が月1回手入れに行っている大磯の湘南平もそうだが、日本の山林の多くは、長年人が入ることで維持されてきた。人は飼料・肥料用に林の下草や落ち葉を利用し、薪炭・材木用に数十年に一度は木々を伐採した。日本の気象条件なら雑木林は、伐っても自然に再生する。こうして明るく風通しのよい里山が維持されてきた。山野草が咲き、鳥がさえずり、昆虫が飛び交う日本の原風景は、人がかかわることによって成り立っていた。しかし、化学肥料、石油、材木が市場経済によって豊富にもたらされるようになると、人は身近にある里山にかかわることをやめてしまう。すると林床にはササやアオキばかりが茂り山野草は姿を消す。木々は大きくなりすぎて陽光を遮り、暗く風通しの悪い森になってしまう。これが里山の荒廃である。荒廃した里山の植生は単純で、それだけに崩壊の危険が大きい。かかわりの変化で荒廃したということは、我々次第で再生できるということでもある。今、各地でその工夫が行われている。

どうです、一度参加してみませんか? 湘南平での活動は毎月第4土曜、大磯駅午前9時30分集合です。

 
すぎやま・ふみひこ 1945年山口県生まれ。横浜市立大学文理学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修了。専門は中国近代史。現代中国学会などに所属。共著に『中国人の日本人観百年史』などがある。

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