Column:知の架け橋
2010年10月1日号
「環境問題を語る」
海洋学部水産学科 石川智士 准教授

沿岸環境保全と地域開発の調和に向けて
エリアケイパビリティーの考え方


現代の環境問題は、人間活動が自然生態系へ過剰な(自然治癒力を上回る)負荷をかけたために、生態系が一部壊れていることにその要因がある。しかし、人間社会が、さまざまな形で生態系サービスを享受することで成り立っている以上、人間活動による環境への負荷を完全になくすことは現実的ではない。環境問題を解決するためには、その生態系の範囲と健全性を正しく評価し、その範囲での人間活動による負荷を適正レベルまで減らす必要がある。ただし、単に科学的な手法を駆使し、生態系の現状と管理目標を設定するだけでは、決して環境問題の解決はできない。どの環境(資源)を、誰がどのように利用しているのかを明確にし、その受益者間で、問題解決に向けたプロセスを決め、実施への合意形成に到達することが、環境問題の解決には不可欠なのである。

環境保全や資源管理において、最も避けねばならないことの一つに「フリーライダー(タダ乗り)」を防ぐことがあげられる。途上国の自然を破壊して生産されたエビやマグロなどを、先進国の人が(為替レートや流通の寡占化および資本の有無などによって)安価で消費する場合、先進国における資源保護活動家や消費者は、環境保全におけるフリーライダーであろう。ただし、このフリーライダーは、経済的効率および経済成長の名のもとに肯定され、大きな問題としては認識されていない。

クーラーのきいた部屋にいる人々が、途上国の人々に「あなた方の地域の自然は大切だから、環境負荷をかけるような利用はしてはいけない」というときも、やはり先進国の人々はある種のフリーライダーであろう。貧困にあえぐ人々に対し、発展を否定することは、環境問題解決といった大義によって肯定されうるものであるのだろうか? 伝統的な生活を変えさせることは、本当に生態系を守ることにつながるのであろうか?また、その行為は「正しい」のであろうか? 環境問題の解決に携わる者は、この命題から目をそむけるべきではない。

私たちは、他の大学や研究機関と協力して、東南アジアの沿岸域を対象に、「エリアケイパビリティー」という新しい開発(発展)の評価基準の創出を目指している。この「エリアケイパビリティー」は、生態系のケイパビリティーと住民のケイパビリティーおよびその関係性からなる新しい開発(発展)の評価基準であり、これまでの経済規模(GDPなど)拡大にのみ着目した発展の概念を覆すものである。生態系のバイオマスと生物多様性を減少させずに、地域住民の生活を向上させるための評価基準を構築する。これが我々の目的である。

従来、経済成長のみが重要視されてきているが、これからは生態系の健全性と地域住民の幸福を向上させることが、成長(発展)の基準にならなければならない。これまでの常識からでは、経済的に非効率であるとか、生態系の価値を過大評価しているとの批判を受けるかもしれない。しかし、詳細な生活の必要性や人類的な公平性を考慮した形で、資源管理および生態系保全への費用負担を再度見つめ直すことを今始めなければ、我々は大きな代償を支払うことになるだろう。

※ケイパビリティー(潜在能力アプローチ)の概念は、ノーベル経済学賞を受賞したA・K・セン博士によって貧困問題の解決に関し提唱されたアイデア。

 
いしかわ・さとし 1967年東京都生まれ。広島大学大学院博士前期課程(生物圏科学研究科生物生産学専攻)修了。東京大学大学院博士課程農学生命科学(農学生命科学研究科水圏生物科学専攻)修了。博士(農学)。専門は集団遺伝学、保全生態学、国際水産開発学など。