Column:本棚の一冊
2015年2月1日号
『かもめ』



愛と芸術は永遠のテーマ

国際文化学部国際コミュニケーション学科
岩原宏子 准教授



ロシアの作家アントン・チェーホフ(1860〜1904)は日本では戯曲作家としてよく知られている。19世紀の作家ではあるが、現代の不条理劇にも通じる現代性を持った作品を書いた。チェーホフの戯曲には、古い世代と新しい世代の確執、日常生活に埋没して生きる目標を失った人間たちが描かれている。

特に『かもめ』は私にとって思い出深い作品である。学生時代、ロシア語で劇を上演するサークルに属していた。大学院生として手伝っていたある年、『かもめ』を上演することとなり、私は監督を引き受け、舞台をつくるという初めての経験をすることになったのである。

この戯曲のテーマはずばり「愛」と「芸術」だ。新しい芸術を模索する作家の卵トレープレフには女優を目指す恋人ニーナがいるが、ニーナはトレープレフの母(かつての人気女優)の愛人である俗物の人気作家に憧れている。彼女や周囲の人間にはトレープレフの芸術が理解できない。

ほかにもさまざまな三角関係が描かれており、作品全体にみられるかみ合わない台詞は、皆が意思疎通を欠き、自らに不満を抱いていることを示している。

ニーナはトリゴーリンのもとに走るのだが、結局捨てられ、ドサ回りの女優になる。最終幕でニーナは、トレープレフの前に現れる。彼女はかつてトレープレフがニーナの心変わりに気を病んでいたとき、偶然撃ち殺したかもめに言及し「私はかもめ」とつぶやき、自分の運命を受け入れ、これから自分なりに女優として再生していく決意を表明する。しかしトレープレフは相変わらず「新しい形式」を唱えているばかりである。

トリゴーリンは2年前と変わっておらず、ニーナのことも忘れている。ニーナは恋に破れ、自らの夢は断たれたが、強い女性として「傷ついたかもめ」から、再び「飛翔しようとするかもめ」へと変身するのだ。

一方トレープレフはニーナにすがるが拒絶され、絶望して自殺する。純粋で無む垢くな愛が成就することは難しいし、芸術は見果てぬ夢で終わるかもしれない。ニーナとて現実にはつらい生活が待っているかもしれない。しかし、生きていくということは人生の残酷さを受け止め、なおかつ生きる目的を持とうとすることなのだ。


『かもめ』
チェーホフ著/浦 雅春訳
岩波文庫

 
いわはら・ひろこ
長野県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業、同大学院スラブ系言語研究科ロシア語専攻修士課程修了。専門はロシアの児童文学。