特集:キャンパス展望
2010年5月1日号
「お疲れさま」に覚えた違和感
芸術工学部くらしデザイン学科 笹川寛司講師

大学で教え始めたころ、学生が日常会話の中で頻繁に使う「お疲れさま」というあいさつにちょっとした違和感を覚えた。あれっ? と一瞬戸惑い、体に突然できた小さなしこりのようにしばらくは気になっていたが、いつの間にか「お疲れさま」は若者の間で圧倒的な支持を受けて、彼らの生活に定着していた。数年間の海外生活から帰国した直後だったこともあって、私と「お疲れさま」との出会いは一般的な出会い方に比べるとやや唐突であった。

ある日の放課後、ひとりの女子学生が帰り際に「お疲れさまでした」と私にあいさつをした。もちろん彼女にとっては「さようなら」となんら変わらない、いつもの何げないあいさつだったのだろう。しかし私はそれまで、学生が先生に対して「お疲れさま」と言うのをほとんど聞いたことがなかった。だからこの女子学生は私のことをねぎらう目的で「お疲れさま」と言ってくれたのだと思ったし、私は一体どんな疲れた顔で授業をしていたのだろうと心配になった。

「お疲れさま」の派生語として、学生同士で使用する「お疲れ〜」というのも後に知った。「お疲れ〜」の「〜」の部分を伸ばして発音するところがポイントである。「〜」の部分で一日の疲れと授業から解放された喜びを表現する(たぶん)。注意深く会話を聞いていると、「じゃあね」とか「バイバイ」とか「またね」といったあいさつよりも、圧倒的に「お疲れ〜」を使うことのほうが多い。個人的には、若さみなぎる大学生が口にするセリフとしては何ともちぐはぐな感じがするのだが、授業後はもちろん、ボウリング後であろうが、カラオケ後であろうが、飲み会後であろうが、何をやろうが一日の締めくくりはとにかく「お疲れ〜」とお互いをねぎらうのである。

「お疲れさま」がなぜここまで若者に受け入れられたのか、正直よく分からない。アルバイトを通して社会を知っていく学生が増え、バイト先で「お疲れさま」に慣れ親しんでいるうちに、やがて大学でも気にせず使うようになったという理由かもしれないし、純粋に相手をねぎらう優しい気配りが好きだからということかもしれない。理由はともあれ、時代とともに言葉が変化するのは自然な姿だろうし、頭ごなしに「お疲れさま」を否定する気もさらさらない。それよりも、もし時代とともに言葉が変化するのであれば、若者の言葉の変化を感じることは、若者を取り巻く環境の変化を敏感に感じることにもつながるわけであり、学生のことをもっとよく知るチャンスになり得るのだということのほうが重要だ。これからも若者の言葉から“耳”が離せない。

とはいうものの、最近では「お疲れさま」のあまりのメジャーぶりに、こちらの感覚が麻痺(まひ)してきているのも事実。私自身、気づかないうちに学生に対して「お疲れさま」と言ってしまっていることもある。うーん、この使い方は間違っているなぁ……。

 

ささがわ・ひろし 1973年新潟県生まれ。北海道東海大学芸術工学部デザイン学科卒。卒業後イタリア・ミラノの建築デザイン事務所に勤務。2004年から現職。専門は製品デザイン。