Column:知の架け橋
2015年6月1日号
「国際化を考える」
教養学部国際学科 小貫大輔 教授

日本の文化を再認識する
「キスとハグ」の授業から


日本人のあいさつといえば「お辞儀」であるが、グローバル化の進む今日、国際社会で行われる他のあいさつの仕方も知ってもらおうと大学の授業に取り入れている。

日本人なら誰もが当たり前にやるお辞儀の動作が、西洋の人には不思議に思えるらしい。スペイン国営テレビの友人が、どうして日本のアナウンサーは登場すると途端に下を向くのか? と首をかしげていた。ドイツの人を集めて「お辞儀」の練習をしたときには、腰をかがめながらも頭を下げようとしない人にいちいち注意する必要があった。かつてはあちこちの文化で見かけられた所作だが、今では日本と韓国・北朝鮮ぐらいでしか使われないらしい。

今日、世界で最も一般的なあいさつは「握手」。国際舞台で役に立つ知識として「本場」英国式の握手の仕方を紹介しよう。最も大切なことは、真っすぐ相手と対峙すること。「目の色を記憶できるまで」しっかりと相手を見つめろといわれるほどだ。相手と息を合わせて、一瞬の握力をグッとかける。1回だけ握ってすぐ手を離すのが普通。多くても3回。柔らかに握ることや、いつまでも手を握ったまま話を続けるのは「本式」ではない。日本人は、握手をしながら同時にお辞儀をする人が多いが、もちろん「ローカル」な握手だ。

昨今の欧米諸国では、若者の文化が握手を堅苦しく古臭いものとして捉えているのも事実だ。それに代わるのが、一つは「フィスト・バンプ(fist bump)」や「ハイ・ファイブ(high five)」のような握手の変形。拳をぶつけ合ったり、手のひら同士を引っぱたいたりする動作だ。もう一つのはやりが「ほっぺたのキス」。こちらは、同じヨーロッパでも南欧、ラテン系の国々のあいさつが、北側のヨーロッパに広がりつつあるものだ。

私が専門とするブラジル、そして中南米全域も「キス」の文化が支配する。キスとはいっても唇は相手に触れない。頬と頬を寄せ合って、「チュッ」と耳元でキスの音だけさせればいいのだ。学生と一緒に日本国内のブラジル人コミュニティーでボランティア活動をしている関係から、いつもこのキスを教えてから出かけている。とはいっても男性同士はキスをしないので、「キスとハグ」の授業である。両手を広げて相手の懐に飛び込む所作が、ラテン系の人々とのコミュニケーションにはなによりも大切だ。

最近は、国際学科のある13号館のあたりで普通にキスやハグが行われるようにもなった。そんな様子を見て、「アレ」と思った人もいるのではないか。会話は、言語より先にあいさつの所作から始まる。握手ができて、キス・ハグができて初めて成り立つコミュニケーションもあるだろう。

振り返って「お辞儀」。「見ない」「触れない」の所作をしている間、私たちは何をしているのだろう。相手の履く靴の値踏みをしているわけではあるまい。近ごろはじっくりと感じ入るお辞儀をすることが少なくなったかもしれないが、一度あらためて心を込めて体験し直してみてほしい。日本語には「思いやる」「慮る」など相手の心の状態を感じ取る能力を表現した言葉がたくさんあるが、お辞儀は、その感性をよく表現した所作ではないだろうか。人は耳を澄ますときに目をつぶる。同じ理由で通常の五感を抑圧することで第六感を目覚めさせる行為なのだと思う、お辞儀とは。

 
(写真)国際学科のキスとハグの授業

おぬき・だいすけ 1961年東京都生まれ。東京大学文学部卒業、ハワイ大学大学院ソーシャルワーク学修士課程、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。専門はブラジル研究、性と生殖の健康・権利に関する教育。著書に『ブラジルから来た娘タイナ』(小学館)などがある。