Column:本棚の一冊
2015年6月1日号
『シルバ〜アート 老人芸術』


老人芸術が日本を救う?

課程資格教育センター 
篠原 聰 准教授



100円ショップで購入した絵の具で段ボールやピザの箱に天使を描く72歳。謎すぎるオブジェで田園風景を一変させる81歳。イスの上で1分間ほど3点倒立して脚を開閉する裸儀をみせる92歳……12人のじいちゃんたちの飽くなき挑戦の日々をつづった興味深すぎる本。

市井に生きる人間の伝記であり、超高齢化社会に突入した日本を救う? 秘伝の書でもある。とにかく、我が道をゆくじいちゃんたちの自由すぎる創造と痛快人生は、年齢、性別をこえて読者の未来を後押ししてくれる。表現を通して生きるとは何かを考えさせてくれる。

40過ぎの私は、肉体的にも社会的にも、日に日に生きづらさが増していくのを痛感するが、視力も弱り、体力も衰えた未来の自分の姿は、想像できそうでできていない。時計の時間に縛られ現在すら見失いかけているからだろう。

落書きでもいい、最後に何かを描いたのはいつだったか……。だから、じいちゃんたちのむき出しの表現や、とめどなく溢れ出る創作意欲はドコからくるのかと考えてしまう。

「じいちゃんたちの」と書いたが、正直そんなことはどうでもよい。「表現」に対する真の熱狂があるのかないのかが問題なのだ。表現は日常の営みの一つで、生きることと同義なのだと、じいちゃんたちは教えてくれる。

誰もがアーティストになれる時代。みんな自分を表現しようと試みるけれど、それはちょっと違うと思う。人生を切り拓いていくために着ける仮面は、現実の人格とは一致していないのだから。本書に登場するじいちゃんたちはそうではなく、人間の感覚や知覚に対してアウトサイダー(反体制的)なのであって、図らずもそれが独自の表現を生み出しているところが痛快で面白い。老人芸術は、自己実現の世界を軽々と跳び越え、他者実現のそれを切り拓いてゆく。

本書の仕掛け人で、死刑囚の表現やヤンキー人類学など社会の周縁で生きづらさを抱える人々の表現を紹介し続けている鞆の津ミュージアム(※)の櫛野展正さんの試みは、始まったばかりである。

※アール・ブリュット鞆の津ミュージアム
http://abtm.jp/

『シルバ〜アート 老人芸術』
鞆の津ミュージアム監修
朝日出版社

 
しのはら・さとし
1973年東京都生まれ。成城大学大学院文学研究科(美学・美術史専攻)博士課程後期単位取得退学。専門は博物館学と日本近代美術史。